株式会社キザワ・アンド・カンパニー

株式会社キザワアンドカンパニー

日本の製造業の発展を支えたパラダイムと限界


我が国の製造業は、1990 年まで 30 年間、急激な成長を遂げた。それは、1960 年代から国外の先端技術を創造的に模倣し、統計的品質管理や改善を加えて製造品質を急速に向上させたからである。また、サプライプッシュ型からデマンドプル型の生産方式へ大転換し、プロセスフローの時間を短縮させたからである。

こうした製造現場の改善により我が国の製造業はコスト、品質、納期・数量面で競争優位を確立した。旧経済産業省による政策的な支援により輸出主導型の経済成長を遂げた。1980 年後半以降、急激な円高進行に対応するため、家電、自動車業界を中心とする輸出産業の多くが、低い人件費を求めて東南アジアや中国へ組み立て工程の海外生産移管を加速した。

貿易摩擦と高率関税を回避するため、我が国の自動車メーカーの多くが欧米地域に現地生産拠点を設け、現地調達を進めた。こうした家電、自動車業界の海外展開の特徴は、製造機能に集中していたことである。製品の企画、開発、設計の多くの機能は日本の本社またはマザー工場で行われていた。中核となる知識や技術を国内にとどめ、生産技術、生産管理技術、そして日本文化に深く根差したマネジメント手法を海外に移転した。

このように中核となる部分である根と幹を日本国内に残し、一部の機能である枝のみを国 外に伸ばしていく事業システムは樹状型として表現できる。樹状型と階層型とは概念的に 同一である。前者は上から見た構造に対し、後者は横から見た構造を示す。これとは全く構造がある。それは蜘蛛の巣型である。例えば、自動車は、製品ごとに部品を設計し、統合していくタイプの製品である。こうした統合型製品は、樹状型事業システムがうまく適合する。一方、家電製品(パソコン、携帯電話を含む)は標準部品の使用割合が高い。家電業界は標準部品を専業部品メーカーから買い集め組み立て製品にする。こうした業界は、蜘蛛の巣型 の事業システムがうまく適合する。この違いは設計思想の違いである。

1960 年代の日本の家電メーカーの設計思想は統合型製品であったため、日本家電メーカーは、自前でカスタマイズした部品を設計し、自社または国内協力会社に製造させていた。組立工程を海外に移した家電メーカーは、本国内で設計し調達した部品を海外現地工場に送り、そこで組み立て日本に逆輸入または第三国へ輸出した。しかし、1980 年代以降になると、標準化された低コストの電器・電子部品を供給する専業メーカーが急成長し、海外の家電メーカーに輸出するようになった。

1990 年代後半以降、東南アジア諸国や中国は、先進国からの金属プレス、プラスチック成形などの裾野産業を中心に直接投資を積極的に受け入れ、付加価値を高めた。高い経済成長によって、国内需要が拡大し、現地資本の蓄積が急速に進んだ。韓国、台湾、中国の資本家は、世界中の電器・電子部品メーカーから標準部品を買い集め、人件費の相対的に低い地域で組み立てた。こうした資本家は、日本同様、内部組織内では樹状型のビジネスシステムを採用したが、部品の調達と技術の導入では、積極的にクモの巣タイプの事業システムを採用した。垂直統合による規模の経済と水平分業による範囲の経済を同時かつ最大限に活用することができた。

韓国、台湾、東南アジア諸国、中国は、経済発展のプロセスで蓄積した資本と技術導入で得た知識をもとに、大量生産、大量購買による規模の経済と現地市場ニーズに即したマーケティングとブランド戦略で、コスト競争力と市場拡大の双方を享受し、日本の家電業界を苦境に陥れた。

このように我が国の製造業は、海外展開において現地生産拠点づくりに集中してきた。また、日本の産業構造は、明治以降、国の産業政策に呼応しながら、鉄鋼、機械、電気、化学、通信、電力・ガス、自動車、家電など長い時間をかけて業界別の樹状型事業システムを拡大してきた。国内の同業者間で競争の次元は、需要の三要素と言われる品質、納期、 コストであった。一部の例外はあるにしても、多くの日本企業はニッチ分野で技術を磨くことに集 中、価格引き下げ競争による疲弊をできるだけ避けてきた。したがって、同業者が共存できる状態が長く続いている。このことは、他の先進国に比べて社歴の長い製造企業が多いことや上場会社数が多いことに反映されている。それゆえ、業界を超えて人脈をつくり、異なる業界の企業と協業する機会を戦略的に探索することはなかった。

また自社の研究所で基礎研究や新 製品開発を行うことが多く、大学や研究機関との共同研究は他の先進国と比べれば、金額面、件数面でも少ない。1980 年代は特許の取得件数を増加させること、それを 2000 年代はライセンシングしてロイヤル的収入を増加させることが主目的となった。ホンダ、コマツなど 海外売上比率の高い大手メーカーが、2010 年代に入って、ようやく自社の知財を積極的に活用し、シリコンバレーに拠点を設けるなどして、製品の共同開発を中心に知の探索を海外 にも広げるようになった。

国内市場が日本に比べて小さい韓国や台湾の企業は、会社の設立当初からグローバル市場を視野に入れて人材育成を進めてきた。優秀な社員を米国の大学に留学させたり、海外の大学を卒業した人材を積極的に採用したりしてきた。海外展開の早い段階から現地市場でのブランド構築、販売チャネル開拓に注力し成功を収めてきた。中国は、資本家の子女だけでなく、国家レベルで知の探索を展開するため、日米欧の著名な大学へ優秀な人材を送り込んできた。こうした留学経験者は学問だけでなく、異文化理解力も高い。またビジネスに役立つ人脈も携えて帰国するため、グローバル・ビジネスへの展開にとって大変、貴重な人的資源になっている。

樹状型の組織では、役割と責任を各構成単位に明確に割り振られる。業務プロセスの多くは細分化、標準化、マニュアル化される。トップ方針は、多重階層を経由して現場末端まで伝えられる。一方、現場の情報やデータは報告書や稟議書などの文書をつうじて、定期的に多重階層を経由して上層部に吸い上げられる。業務プロセスのパフォーマンス評価指標は、部署ごとに設定される。こうした樹状型の組織では、自部署に関係する課題をこなすことができるが、部署間をまたがる課題を解決することが十分にできない。また、想定できない未知の問題が発生したときや自社が得意とする領域(業界)以外で変化が起こったときに、樹状型の組織では、どのように対応すべきかを考えることが難しい。

コンサルティングのご案内
企業内研修のご案内

Webからもお問い合わせ・ご相談を受け付けております。