和辻哲郎という哲学者は、「人々の心のあり方は、その土地の歴史や自然環境(風土)によって形づくられる」と述べました。このような精神的な特徴は、たとえ社会や経済の仕組みが変わっても、すぐには変わりません。それは、長い時間をかけて人々の“潜在意識”の中に深く根づいているからです。
“潜在意識”とは、ふだんは自覚していないけれど、私たちの考え方や行動に大きく影響を与えている意識のことです。たとえば、「これは正しい」と頭では思っていても、心の奥底では「なんとなく違う」と感じることがあります。これは“矛盾”です。
人間の脳は、こうした問題を放っておかず、眠っている間も無意識に考え続けるようにできているといわれています。しかし、矛盾は論理的には解決できません。だからこそ、まず「自分の中に矛盾がある」と気づくことが大切です。そうすることで、むだに心のエネルギーを使いすぎずにすみます。
そのうえで、「なぜこの矛盾が起きているのか?」と問い直し、私たちが当たり前と思っている前提を見直してみる必要があります。そうすることで、古い考え方を手放し、新しい前提を生み出すことができます。これが「弁証法」という考え方であり、特に日本の企業などでは、個人ではなくグループ全体でこれを行うことが求められています。
なぜなら、たとえ個人が矛盾に気づいても、それを周囲の人と共有し、集団として合意しなければ、新しいアイデアは現実の行動にはつながらないからです。
人類は、言葉を話すようになってから、ずっと「対話」や「議論」を通じて矛盾を乗り越えてきました。そして今も、集団での対話を通して、働く人々は自分の中の葛藤から自由になれる可能性があります。
対話には、人の心をひとつにする力があります。対話の場では、意見の違いは“個性の違い”として受け止めます。その人がどんな経験や知識をもっているかによって、考えが違って当然だと考えるのです。そして、相手の話をすぐに「正しい」や「間違っている」と決めつけずに耳を傾けながら、自分の中の思いや感覚の動きをよく観察します。すると、ふだんは意識していなかった「本当の気持ち」が浮かび上がってくることがあります。
それは、自分や相手にとって「大切にしたいこと」「分かち合いたいもの」「守りたいこと」かもしれません。物理学者で哲学者でもあるデビッド・ボームは、これを「意味」と呼びました。
組織というのは、仕事の分担(分業)と協力(協働)によって成り立っています。分業がある以上、上下関係や役割分担も必要になりますが、全体としては一つの目的に向かってまとまって動く必要があります。そのためには、「意味の共有」が欠かせません。
もし、組織の中で意味が共有されなければ、組織はバラバラになります。それは、時計をハンマーで壊してしまったような状態に似ています。壊れた時計を元通りにするのはほとんど不可能です。
でも、人間は機械ではなく、生きた存在(有機体)です。生命体には、次の3つの特徴があります。
だからこそ、たとえ組織がバラバラになっても、私たちにはもう一度つながり直す力があるのです。
日本の哲学者・西田幾多郎は、「人間の意識にはいくつもの層があり、最終的には“絶対無”という、すべてを包みこむ場所にたどり着く」と考えました。これは、言いかえれば「無限の全体」であり、私たちが個人の立場を超えて、一つの大きなつながりとして存在しているという考え方です。西田はこの考え方を「述語の論理」と呼びました。
では、矛盾に悩む人や組織がそこから抜け出すためにはどうしたらいいのでしょうか?
その答えが「対話」です。対話によって、私たちは自分の潜在意識に気づき、他者との違いを理解しながら、共に歩むことができるのです。
そして、「意味」を共有するとは、互いにとって本当に大切なことを見つけ、それを大事にするということです。もともと「コミュニケーション」という言葉は、「何かを共にする」という意味です。意味を共有できてこそ、問題の原因や対立の理由を正しく理解し、解決への道を見つけることができます。
この考え方は、会社などの組織の中だけでなく、お客さんとの関係、国と国との関係、人と自然との関係にも当てはまります。
最後に、聖徳太子の「和をもって貴しとなす」、空海の「色即是空、空即是色」、仏陀の「無我」という言葉に共通していることは、世の中には、目に見えないけれど大切な“実在”があり、そこに目を向けることが、よりよく生きるために重要だと教えているように思います。
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