日本企業の海外ビジネスと聞くと、多くの人は米国や中国といった巨大市場での成功を思い浮かべるかもしれません。しかし、最新のデータは、その常識を覆す、より複雑で意外なグローバル戦略の現実を明らかにしています。
日本貿易振興機構(JETRO)が発表した「2025年度 海外進出日系企業実態調査(全世界編)」は、世界82カ国・地域に進出する約7,500社の日系企業からの回答を基にした包括的なレポートです。この調査からは、これまでのイメージとは異なる、いくつかの注目すべきトレンドが浮かび上がってきました。
本記事では、この詳細なレポートから読み解ける、最もインパクトがあり直感に反する「5つの意外な真実」を抽出し、日本企業がどこで成功を収め、どのような新たな課題に直面しているのか、新鮮な視点でお届けします。
1. 意外な主役:「グローバルサウス」が新たな成長エンジンに先進国や中国市場が注目されがちですが、今回の調査で最も顕著な成長と将来性を示したのは、中東、南西アジア、アフリカといった「グローバルサウス」でした。これらの地域が、日本企業の新たな成長エンジンとして急速に台頭しています。
収益性のデータ: 海外に進出する日系企業の黒字割合は全体で66.5%と2年連続で増加しましたが、この成長を力強く牽引しているのがこれらの新興市場です。黒字企業の割合は、中東で過去最高の73.8%、南西アジアで71.7%、アフリカでは調査開始以来初めて6割を超える61.6%を記録しました。
事業拡大意欲のデータ: 今後の事業拡大に対する意欲も非常に旺盛です。特にインドでは、実に81.5%もの企業が事業拡大を計画していると回答。また、アフリカでも製造業の70.4%が拡大意欲を示しています。
分析: この動きは、日本企業が従来の主要市場から戦略的に多角化を進め、新興国の活気ある内需を直接取り込もうとしている明確なシグナルと言えるでしょう。これはまた、従来の輸出主導型モデルに加え、現地生産・現地消費を軸とした新たな成長方程式を確立しようとする意志の表れでもあります。
2. 中国ビジネスのパラドックス:拡大意欲は過去最低、でも業績は急回復日系企業の中国ビジネスは、一見矛盾した状況にあります。今後の事業拡大に対する意欲は過去最低レベルに落ち込む一方で、業績見通しは驚くべき回復を遂げているのです。
拡大意欲 vs. 業績見通し: 中国で事業を「拡大」すると回答した企業の割合は21.3%と、比較可能な2007年以降で最も低い水準を更新しました。しかし、企業の景況感を示すDI値(「改善」と回答した割合から「悪化」と回答した割合を引いた数値)は、前年の-17.7ポイントからプラスの1.7ポイントへと劇的に回復しました。
回復の背景: この業績回復は、市場の急成長によるものではありません。調査によると、その主な要因は「生産効率の改善」に加え、「人件費の削減」や「管理費などのその他支出の削減」といった、企業内部の徹底したコストコントロール努力にあります。
分析: これは、成長鈍化という厳しい市場環境の中で、単に規模を拡大するのではなく、より効率的に事業を運営する方法を模索し、それに適応している日本企業の強靭さを示す物語と言えます。これは、今後の対中投資が、市場シェアの拡大よりも、収益性の高い事業への集中やサプライチェーンの最適化といった、より質的な向上を目指すものへと変化していく可能性を示唆しています。
3. 米国追加関税の影:影響はサプライチェーン全体に広がる米国の追加関税措置の影響は、米国へ直接輸出する企業だけに留まりません。その影響はグローバルなサプライチェーン全体に波紋のように広がり、直接の貿易紛争当事国ではない国々の企業にも及んでいます。
直接的な影響: 対米輸出を行う製造業のうち、約4割が営業利益に「マイナスの影響が大きい」と回答。特にメキシコや中国に拠点を置く企業では、その割合は5割を超えています。
間接的な波及効果: 影響はサプライチェーンを通じて拡散しています。メキシコ、ブラジル、韓国といった米国との貿易関係が深い国々では、全体の景況感(DI値)が大幅に悪化しました。特にメキシコのDI値は前年から27.7ポイントも低下しています。影響は特定業種に集中しており、影響があったと回答した全企業のうち、実に49.3%が「自動車・自動車部品」を影響品目として挙げています。これは、関税問題がいかに自動車サプライチェーンを直撃しているかを示す強力な証拠です。
分析: このデータは、グローバル経済がいかに相互接続されているかを浮き彫りにしています。一国の政策が世界中に不確実性をもたらし、世界中の企業にサプライチェーンの見直しとリスク管理の再構築を迫っているのです。もはや地政学リスクは一時的な混乱要因ではなく、事業戦略に恒常的に組み込むべき経営変数となったことを示唆しています。
4. 人材獲得競争の新局面:ベトナムでは中国系企業が最大のライバルに海外における人材獲得競争はますます激化しており、3割以上の企業が「この2年で状況が悪化した」と回答しています。特にアジアの主要市場では、これまでとは異なる新しい競争の構図が生まれています。
競争が激しい地域: 人材不足は、ベトナム、ブラジル、インドといった高成長国で特に深刻です。全体としては「地場企業」との競争が最も一般的ですが、ベトナムでは驚くべき変化が見られました。
意外な競争相手: ベトナムにおいて、日系企業は人材獲得の最大の競争相手として、地場企業や他の日系企業ではなく「中国系企業」を挙げています。データを見ると、競合相手として中国系企業を挙げた割合(33.9%)は、日系企業(33.7%)や地場企業(29.0%)を上回りました。
分析: この事実は、東南アジアにおける経済地図の変化を象徴しています。この地域への中国企業の投資と進出の増加が、市場での競争だけでなく、「人材」という重要な経営資源を巡る戦いにおいても、日系企業に新たなプレッシャーを与えていることを示唆しています。これにより、日本企業は給与体系だけでなく、キャリアパスや企業文化といった総合的な「働きがい」で差別化を図る必要に迫られています。
5. 「人権DD」はもはや常識へ:製造業を中心に急速に広がるこれまで一部の先進的な企業の取り組みと見なされがちだった「人権デューディリジェンス(DD)」が、今や特別なことではなく、標準的なビジネス慣行として急速に浸透しつつあります。
導入率のデータ: 人権DDを実施している企業の割合は、調査開始以来初めて3割を超え、30.8%に達しました。この動きは特に製造業で顕著で、例えば「輸送用機器(自動車等)」の分野では実施率が64.7%に達し、前回調査から飛躍的に増加しています。
導入のメリット: 企業はなぜ人権DDに取り組むのでしょうか。調査によれば、実施した企業の約8割が「社内の人権リスクの低減」を、4割以上が「従業員の働きやすさの改善」を具体的な効果として挙げています。
分析: これは、人権への配慮が単なるコンプライアンスや外部からの圧力への対応ではなくなっていることを示す、根本的なシフトです。企業は、人権への投資がリスクを低減し、職場環境を向上させるという、具体的かつ内部的なメリットをもたらすことに気づき始めています。これは人権への取り組みが、優秀な人材の獲得や、倫理的なサプライチェーンを重視するグローバルな顧客からの信頼を得る上での、新たな競争優位性になりつつあることを物語っています。
まとめ
今回のJETRO調査が明らかにした5つの事実は、日本企業を取り巻くグローバル環境が、かつてなくダイナミックで断片化していることを示しています。今後の成功は、グローバルサウスという新たな成長市場を開拓し、複雑な地政学的圧力に適応し、そして人材獲得や企業の社会的責任といった新たな競争軸で優位性を確立できるかどうかにかかっています。こうした地殻変動が加速する中で、日本企業は今後どのような戦略を描き、新たなチャンスを掴んでいくのでしょうか。

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