世界の未来は、台頭する中国と衰退するアメリカという二大国の「避けられない衝突」によって決まる――この物語を誰もが耳にしたことがあるでしょう。しかし、地政学アナリストのイアン・ブレマー氏によれば、これは真実の姿ではありません。世界における最大の不安定要因は、世界で最も強力な国家であるアメリカが、自らが築き上げた国際システムを自発的に放棄することを選択したという、より驚くべき事実にあります。
現代における最も重要な物語は、中国の台頭やアメリカの衰退ではありません。それは、米国が「自らが4分の3世紀にわたって築き、主導してきた国際システムから自ら離脱することを選んだ」という事実です。
この決断は、国が弱体化したからではなく、国内の「不満の政治(politics of grievance)」から生まれています。その根底には、有権者が米国の制度や指導者層がもはや自分たちを代表していないという強い不信感があります。ブレマー氏はこの出来事の特異性を、「これには歴史的な前例がない。今まで一度も起こったことがない」と強調しています。
ブレマー氏は、過去の「予測不能性」と現在の「信頼性の欠如」を明確に区別します。かつてのパラダイムは、ウィンストン・チャーチルの言葉に象徴されていました。
アメリカ人は、他のあらゆる選択肢を使い果たした後には、常に正しいことをすると期待できる。
しかし今日、世界の指導者たちは米国を予測不能であると同時に「信頼できない」国だと見ています。ブレマー氏は、米国が一方的に公約を撤回した例として、イラン核合意、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)、パリ協定を挙げています。それに加え、カナダのような同盟国の領土保全を脅かし、諜報活動の共有を停止するなど、その例は枚挙にいとまがありません。彼は、この新たな「米国の信頼性の欠如」こそが、「今日のGゼロ世界における地政学的な不確実性と不安定性の中心的な要因」であると結論づけています。
ブレマー氏は、現在米国で起きていることを「政治革命」と呼べると強く主張しています。彼は、自身の生涯で世界に影響を与えた国家革命は過去に2つあったと指摘します。ミハイル・ゴルバチョフによるソ連の社会主義革命は失敗に終わりました。一方、鄧小平による中国の経済革命は成功を収めました。そして今、トランプ大統領が主導する3つ目の革命が進行しているのです。
これは鄧小平のような経済革命ではなく、行政府の権力を強化することに焦点を当てた政治的な革命です。この革命の主な特徴として、議会や裁判所からの権力奪取、専門的な官僚機構(いわゆる「行政国家」)の粛清、FBIや司法省といった機関の政敵に対する武器化、そして大統領の免責の確保が挙げられます。ブレマー氏はこれを、トランプ大統領が「法の支配をジャングルの掟に置き換えている」と厳しく要約しています。
この暗い見通しの中に、逆説的ともいえる明るい兆しがあります。それは、米中関係が「より安定した方向へ」と向かっていることです。
この安定化の理由は、中国政府が重要鉱物やレアアースにおける支配力という交渉カードを使い、トランプ大統領を全面的な貿易戦争の脅威から引き下がらせることに成功したためです。これによりトランプ大統領は、中国が真の交渉力を持つことを確信したのです。その結果、米国政府はこれまで「絶対にあり得ない領域」だった半導体輸出規制の一部を緩和し、現在では両国の首脳が合意を望んでいるように見えます。
この新しい現実の中で、ブレマー氏は米国の同盟国に対し、「まず防衛、次にヘッジ(defense first, hedge second)」という明確な戦略を提言しています。
これは、同盟国がもはや米国の保護を当てにできず、自国の「長期的な能力」に緊急に投資し、「自国の安定性を強化」しなければならないことを意味します。具体的には、「強固な産業政策、合理化された規制・官僚機構、そして新技術への大規模な投資」に注力する必要があります。同時に、国際社会で「より強力な外交的リーダーシップを発揮し、多国間協調の枠組みを構築する責任を受け入れる」ことが求められています。戦術的なアドバイスとして、「トランプ大統領に不都合な見出しを避ける」こと、そして可能であれば他国にスポットライトが当たるようにすることも含まれています。
私たちは今、指導者不在で舵のない、危険な時代に突入しています。古いルールはもはや適用されず、新しいルールもまだ書かれていません。ブレマー氏が最後に投げかけた問いは、私たち一人ひとりに向けられています。ワシントンがリーダーシップを発揮することも、北京がその役割を担うことも期待できないこの時代において、私たち日本に住む一人ひとりが、企業が、そして国家が、より安定した未来を築くために、いかに協力していかなければならないのでしょうか。

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