
注意:本エッセイは、システムダイナミクスの始祖J.W.フォレスター教授の講演録のエッセンスをNoteBookLM(生成AI)によってまとめたものです。
1 情報源:YouTube:https://youtu.be/ddmygPTRjc0?list=TLGGTnHTEeRk86IxMTEwMjAyNQ
この紹介記事は、1988年のジェームズ・R・キリアン・ジュニア・ファカルティ功績賞の受賞記念講演のトランスクリプトの抜粋であり、受賞者であるJ. W. フォレスター教授の業績と、彼が提唱したシステム・ダイナミクスの分野について述べています。システム・ダイナミクスは、物理システムと社会システムに共通する動的挙動の基盤を理解するためのアプローチであり、フィードバック構造とコンピュータ・シミュレーションを用いて、組織や社会問題の内部構造がその成功や失敗を生み出すメカニズムを分析します。フォレスター教授は、自身のキャリアにおける初期のコンピュータ開発への貢献(特にWhirlwind Iと磁気コアメモリ)から、マサチューセッツ工科大学(MIT)のスローン経営大学院でシステム・ダイナミクスを確立するに至った経緯を説明しています。講演では、この分野が経営、経済、社会問題を理解するための共通基盤を提供し、メンタルモデルとコンピュータモデルの統合を通じて、直感と厳密な分析を結びつける可能性が強調されています。
システムダイナミクス(System Dynamics: SD)のアプローチが社会科学の課題解決に有効である主な理由は、社会システムの根源的な構造をモデル化し、人間には直感的に理解が難しい高次の動的挙動を分析できる点にあります。
以下に、SDが社会科学の課題解決に有効である具体的な理由と、そのアプローチの特徴を説明します。
1 複雑な動的挙動の理解と課題の特定
A. 永続的な社会問題への対応 社会や政治、経済の世界は様々な種類の問題や困難に満ちており、過去数千年間にわたってそれらのシステムに対する理解はほとんど進歩していません。例えば、古代ギリシャ人が現代に来たとしても、技術や科学は理解できないでしょうが、戦争や社会問題といった社会的な困難には違和感なく馴染めるだろうと指摘されています。SDは、このように長期間にわたって理解や対処が進んでいない社会経済的な困難に対する理解を改善し、より効果的な教育と厳密な分析を統合する手段を提供することを目指しています。
B. 内因性(Endogenous)な挙動への着目 SDは、システムの構造や内部のポリシーが、成功や失敗といった動的挙動をどのように生み出しているのかというフィードバックループの視点に主に基づいています。組織が抱える困難は、ほとんどの場合、外部からの影響ではなく、組織自身が行う行動(内部ポリシー)の結果として生じるという考えに基づいています。
C. 高次な非線形システムの扱い 企業や国を率いるリーダーは、本質的に「高次の非線形微分方程式」を直感や推測、妥協によって解決するという、技術的に不可能な課題を課せられています。SDは、人、自然、テクノロジーの相互作用を含む高次の非線形システムを扱うために開拓された分野であり、この複雑さをコンピューターモデルを通じて扱うことができます。
2 構造化されたモデリングの基礎概念
A. フィードバック視点と循環プロセス 社会は、始まりも終わりもない循環的で継続的なプロセスとして捉えられます。問題に関する情報が行動につながり、その行動が結果(次の状態の情報)を生み出し、これにシステムが継続的に反応するという動的な環境です。SDは、このフィードバック制御システムが、私たちが組み込まれている世界のすべて、および私たちが関与するすべてのプロセスを含む、時間を経て変化するあらゆるものに不可欠であることを示唆しています。
B. レベル(統合/蓄積)の重要性 すべてのシステムは「システムの状態(レベル、統合、蓄積)」と「政策(レート方程式)」の二つの概念だけで構成されているという強力な単純化の考え方を提示します。社会科学においては、この「レベル方程式」を過小評価し、省略する傾向がありましたが、システムのレベルこそが動的挙動の発生源となります。レベルは、入ってくる流量と出ていく流量が異なることを可能にし、すべてのシステムの動的挙動が生成される場所です。
C. 心理的変数の組み込み SDは、人間のシステムをモデル化する際に心理的変数を含めることが非常に重要であると考えています。例えば、「目標浸食構造(eroding goal structure)」のように、困難に直面した際に、現実(現在の状況)に合わせて目標水準を下げてしまう心理的なプロセスが、社会システム全体で一般的であることをモデル化できます。
3 直感と分析の統合
A. メンタルモデルとコンピューターモデルの結合 SDの重要な目標は、メンタルモデル(私たちの行動や制度を支配している頭の中の仮定)とコンピューターモデルを組み合わせることです。私たちの行動のすべては、何らかのモデル(システムに関する仮定)を使用している結果ですが、私たちは頭の中で高次の非線形システムを操作することができません。SDは、私たちが日常的に使用している直感(メンタルモデルの強み)と厳密な分析(コンピューターモデルの強み)を統一する方法を提供します。
B. 情報源の活用 SDは、社会システムに関する膨大な情報が存在するメンタルデータベース(人々の経験や知識)に重点を置いています。社会科学では数値データに焦点が当てられがちですが、SDでは、現実世界が依拠している膨大な情報(口頭での説明、インタビュー、その場にいることによる知識など)を活用することに重きを置いています。
C. 構造理解による洞察 観察されたシステムの構造やポリシー(部品)をコンピューターシミュレーションモデルに入れると、しばしば人々が期待していたものとは異なる、実際の挙動が得られます。この不一致は、構造そのものが間違っているのではなく、人々がその構造が暗示する挙動を予測する能力に欠けていること(つまり、「xx次非線形微分方程式の解」を誤って期待していること)に起因します。SDによって、その構造に内在する挙動を理解し、見通せるようになります。
これらの特徴により、SDはビジネス、医学、経済学、環境変化、技術開発、人口、生活水準など、あらゆる分野に共通する基盤を提供し、テクノロジーとリベラルアーツ/人文学の「二つの文化」の間に橋渡しをする可能性も持っています。

AIの技術革新の問題を解決するよりも、人間社会の信頼関係の問題を解決することが先決。
なぜならば、AIは人間行動様式を学ぶからです。人類の幸福のために、責任ある選択を迫らています。
このエッセイは、TouTubeに投稿されたユバル・ノア・ハラりのインタビュー動画をもとに、NotebookLM(生成AI)を用いて解説したものです。
AIの進化は、人類の生存基盤と社会構造に対して、過去のいかなる技術革新とも異なる根本的な変化をもたらすと、情報源では論じられています。
ハラリ氏は、AIを単なる道具ではなく、ホモ・サピエンス・サピエンスに取って代わる可能性のある「新種の種の台頭」と捉え、「異質な知能(alien intelligence)」として表現しています。
以下に、AIがもたらす生存と社会構造への根本的な変化を詳述します。
1 人類の地位の根本的な変化:エージェントとの競争
AIはツールではなくエージェントである
AIの最も重要な特徴は、これまでのすべての人間の発明品(活版印刷機や原子爆弾など)が単なる「ツール」であったのに対し、AIは「エージェント」であるという点です。
地球上の最も知的な種の地位の喪失
人類は数万年にわたり、地球上で断トツに最も知的な種であったことで、アフリカの一隅にいた取るに足らない類人猿から、地球と生態系の絶対的な支配者へと上り詰めることができました。しかし、AIの出現により、人類は初めて地球上に真の競争相手を持つことになります。
2 社会構造と中核的な制度の変容
AIは、あらゆる分野で社会構造を根本的に変革する可能性を秘めていますが、その社会的・政治的結果が明確になるまでには時間差(タイムラグ)が生じます。
「無用な階級」の出現と経済
AIは、多くの仕事、特に現在ではホワイトカラーの仕事を置き換える可能性があり、これにより「無用な階級(useless class)」が出現する懸念があります。
宗教と権威の再定義
テキストに基づいた宗教(ユダヤ教、イスラム教、キリスト教など)において、AIは大きな変化をもたらします。これらの宗教はテキストに権威を置きますが、これまでテキストが自ら解釈したり質問に答えたりできなかったため、人間が仲介者として必要でした。
「デジタル移民」の波
AI革命は、国境を越えることなく光速でやってくる「デジタル移民」の波として捉えることができます。これらのデジタル移民は、人々の仕事を奪い、既存の文化とは非常に異なる文化的なアイデアを持ち、政治的な権力を獲得しようとするかもしれません。
3 人類の生存をかけた課題:倫理と信頼性の問題
AIが人類の目標と利益にアラインメント(整合)を保つよう設計する方法について議論されていますが、その成功には大きな問題が伴います。
指示ではなく行動のコピー
AIを「慈悲深く、人類に有益なもの」として設計し、特定の原則を教え込もうとしても、AIは世界中の人間の行動にアクセスしてそれを監視します。
力(パワー)と知恵(ウィズダム)の乖離
人類史の大きな問題は、力を獲得することに非常に優れてきた一方で、それを幸福や知恵に変換する方法を知らないことです。人類は原子を分裂させ、月へ飛ぶことができますが、石器時代よりも著しく幸せになっているわけではありません。
AI革命を主導する国々や企業が軍拡競争に陥っている状況では、AIの潜在的な危険性を認識し、速度を落とすことが望ましいとわかっていても、競争相手に遅れをとることを恐れて実行できません。
信頼の回復が最優先事項
AIによるポジティブな未来を実現するためには、AIに頼るのではなく、人類自身の問題を解決することが重要です。
最も重要な鍵となる問題は、信頼と協力の崩壊です。現在、人間が互いに激しく競争し、信頼し合えない世界において、AIが人類の信頼問題を解決してくれるという希望は叶いません。
ハラリ氏は、「まず人間間の信頼問題を解決し、それから一緒に慈悲深いAIを創造する」という優先順位を逆転させるべきではないと主張しています。人間が激しい競争に従事し、互いに信頼できない限り、生成されるAIは猛烈で競争的で信頼できないAIになるだけです。
アーサーのテクノジー進化論を解説したポッドキャストをご試聴ください。
製造業の現場は、いま大きな転換点にあります。自動化、IoT、AI、脱炭素、そしてグローバルな競争圧力。これらの要素が複雑に絡み合い、従来の「効率化」だけでは生き残れない時代になっています。では、私たちはどのような視点でイノベーションや組織改革に取り組めばよいのでしょうか。
ここで参考になるのが、経済学者 W・ブライアン・アーサー の「テクノロジー進化論」です。彼は、テクノロジーがどのように生まれ、進化していくかを体系的に整理し、その原理を明らかにしました。
アーサーによれば、テクノロジーには次の3つの原理があります。
アーサーの進化論は、単なる技術解説ではありません。組織や経営にとっても強い示唆を与えてくれます。
アーサーは「テクノロジーは生態系のように進化する」と言います。つまり、企業もまた「変化し続ける有機体」としてとらえる必要があります。
こうした考え方は、いま多くの製造業が直面する デジタル化 × 人材不足 × サステナビリティ という課題を解く大きなヒントになります。
アーサーの進化論は、テクノロジーを「道具」ではなく「進化する体系」として捉え直すことを促します。
製造業におけるイノベーションや組織改革は、「何を導入するか」よりも 「どう組み合わせるか」「どう学び続けるか」 にかかっています。
その視点を持つことで、現場の改善も、組織の変革も、持続的な進化の一部に変わっていくのです。
生成AIは、驚くべきスピードで私たちの生活やビジネスに浸透しています。人類が積み上げてきた知識を取り込み、あらゆる質問に「もっともらしい答え」を返すことができる。それは便利で効率的ですが、同時に大きなリスクもはらんでいます。
たとえば、マーケティングのキャッチコピーを考えるとしましょう。AIを使えば一瞬で「無難なフレーズ」を大量に出してくれます。しかし、誰もが同じツールを使い、似たような表現を選ぶと、広告はどれも似たり寄ったりになります。企業戦略も同様です。AIに頼り切ることで、かえって差別化が難しくなり、競争は激しくなる一方かもしれません。
では、AIは本当に多様性を奪う存在なのでしょうか。実はそう単純ではありません。AIの出力には文化的な偏りがあり、質問の仕方次第で答えが大きく変わります。さらに、AIは既存の知を組み合わせるのは得意でも、現場での失敗や偶然から生まれる「想定外の発想」までは生み出せません。むしろAIが均質化を促すほど、逆説的に人間ならではの経験や文化に根ざした視点が光を放つのです。
たとえば、新製品開発の現場では「ユーザーの不満」や「小さな違和感」がブレークスルーのきっかけになります。AIが提示する「常識的な解決策」は役立つ一方で、それを疑い、実際に試し、失敗から学ぶことでしか得られない知見があります。トヨタの改善活動やシリコンバレーのスタートアップ文化が示すように、「小さな実験と失敗を繰り返すこと」が大きな革新につながっていくのです。
では、私たちはAIとどう付き合うべきでしょうか。大切なのは「AIの答えを出発点にする」ことです。AIが示す常識をそのまま受け入れるのではなく、「本当にそうなのか?」「別の可能性はないか?」と問い直し、実験で確かめる。そこにこそ、未来の競争力の源泉があります。
生成AIは確かに同質化の圧力を強めるかもしれません。しかし、私たちが批判的に活用し、失敗を受け入れる文化を育てるなら、AIはむしろ多様性を強化する触媒になり得ます。
AIの答えを鵜呑みにするか、それとも問い直しの材料にするか。そこに、人間と企業の未来がかかっているのではないでしょうか。
将来の不確実性下で、企業や個人が意思決定を行うためのシナリオ・プラニングは、以下のような多岐にわたる意義を持っています。
シナリオ・プラニングは、不確実性のある未来のもとで計画を練るための方法論です。その根本的な考え方は、未来を正確に予測することは不可能であるという認識にあります。にもかかわらず、多くの企業が戦略を策定する際に事業環境の見通しを一つしか持たないのは非常に危険であるとされています。
シナリオ・プラニングの目的は、将来起こりうるいくつかの異なる未来への道筋を示し、それぞれの道筋において取るべき適切な対応を見出すことです。そして、その結果がどうなるかについて理解した上で、今この瞬間に決断を下すためのものと定義されています。これは単に「望ましい未来」を選択してそれが起こることを期待したり、最もありそうな未来を見つけてそれに適応したりするものではありません。重要な点は、「どのような未来においても適切であるような戦略的決定を下す」ことなのです。どのような未来が訪れようとも、シナリオを真剣に考えて準備をしておけば、どの状況下でも成功する可能性が格段に高まります。
シナリオ・プラニングは、企業や組織が直面する事業環境に関する考え方の枠組み、すなわちマインドセットを外に出して客観的に検討を加える機会を提供します。これにより、自分たちがいかに既存のマインドセットに拘束されていたかを認識し、それを進化させることが可能になります。組織に属する人々のマインドセットが進化することは、組織学習を促進し、事業環境に関する共通認識を生み出します。この学習する組織を築くことこそが、競争力の源泉である変化に対応するスピードを生み出すと本レポートは指摘しています。
シナリオは、個人や組織が持つ未来についての前提を明らかにし、自身の頭の中にある世界についての**「メンタルモデル」を問い直す強力な媒体となります。想像力や臨機の才を妨げている「目隠し」を取り去る**効果があるとも説明されています。
シナリオは、重要な決定や優先順位についての継続的な組織学習をもたらす「戦略的対話」を組み上げるための積み木として機能します。この対話は、予期せぬ出来事による不意打ちから組織を守る「頑丈さ」と「柔軟さ」を併せ持ちます。
成功する経営者は、自身の仕事を「決定を下す」ことではなく「相互の理解を形成する」ことだと考えており、シナリオ・プラニングはまさにこの相互理解を深めるための道具となります。戦略的対話は、公式と非公式の要素をうまく組み合わせることで、多様な視点からの議論を可能にし、企業の伝統的な知恵を補強するだけでなく、それを超えた新しいアイデアを生み出します。参加者が異なる未来や態度を「試着」し、その感触を試すことで、経営者たちは自分たちの古いメンタルモデルを見直し、修正できるようになります。
シナリオ・プラニングのプロセスは、意思決定に影響を与える複雑な要素の集合体について、明晰に考えるための文脈を提供します。これにより、経営者たちは「もしもこれが起こったら(what if)」という物語を通じて未来をリハーサルし、それぞれの未来の世界における選択肢を試すことで、理解を深めることができます。
不確実性を否定してかかる人々は、変化に直面すると途方に暮れてしまう傾向がありますが、シナリオ・プラニングは「何が起きても準備はできている」という状態を可能にします。現実的で揺るぎない自信は、自分の選択肢が起こしうるあらゆる結果を考え抜くことによって得られるものであり、リスクと報償に関する十分な情報を得た上で行動する能力こそが、企業経営者や賢明な個人と、官僚やギャンブラーとの違いを生むとされています。
シナリオ・プラニングは、シェルのような国際的な大企業で発展した方法ですが、ガーデニング用品の輸入会社のような小規模な企業や個人でも活用できる汎用性があります。企業経営だけでなく、南アフリカ共和国が人種隔離政策撤廃後の国家運営を決定した際や、石油ショック、冷戦終結といった激動の時代にも活用されてきました。また、個人レベルでは、結婚、移住、新たな人間関係の構築、投資の判断、職探し、教育の選択といった人生の重要な決断にも応用することができます。困難な決断を下す際にシナリオを用いることで、見過ごしたり、考えもしなかったりするようなことを避け、より良い決断ができるとされています。
将来の不確実性下での企業や個人の意思決定において、シナリオ・プラニングは単なる未来予測ではなく、多様な未来の可能性を深く考察し、それに基づいて行動の選択肢を広げ、意思決定の質と組織のレジリエンスを高めるための極めて重要な方法論であると言えます。それは、不確実な世界において自信を持って前進し、ビジネスチャンスを掴むための不可欠なツールとして、個人、企業、国家、そして世界のレベルでその意義と活用が求められています。
研究レポートを解説した6分弱のポッドキャストをご試聴ください。
哲学者・和辻哲郎は、人々の心のあり方や思考様式は、その土地の自然環境や歴史的背景、すなわち「風土」によって深く形づくられると説きました。この精神的な特徴は、たとえ経済システムや社会構造が変化しても、簡単には変わりません。なぜなら、それは長い時間をかけて人々の“潜在意識”に根付いているからです。
潜在意識とは、私たちが普段自覚していないものの、考え方や行動に大きな影響を与える心の深層です。例えば、新しい働き方が「正しい」と頭では理解していても、「なんとなく違和感がある」と感じることがあります。これは、風土によって培われた古い価値観と、新しい論理との間の“矛盾”です。この矛盾は、しばしば個人や組織に心理的な葛藤やエネルギーの浪費を引き起こします。
人間の脳は、この矛盾を放置せず、無意識のうちに解決を試みます。しかし、論理だけでは解決できない心の葛藤を乗り越えるためには、まず「自分の中に矛盾がある」と自覚することが不可欠です。
この矛盾を建設的に乗り越える手法の一つが「弁証法」です。弁証法とは、ある考え方(正)とそれに矛盾する考え方(反)をぶつけ合うことで、両者を超えたより高次元の新しい考え方(合)を生み出す思考プロセスです。企業組織においては、個人が抱える矛盾を「集団全体」で共有し、議論を通じて新しい前提や行動様式を創造していくことが求められます。例えば、終身雇用が当たり前だった時代に育ったベテラン社員と、流動的なキャリアを志向する若手社員の間にある「仕事観の矛盾」を考えてみましょう。この矛盾を単なる世代間の対立として片付けるのではなく、それぞれの価値観を深く理解する対話を行うことで、「個々の専門性を活かしつつ、組織全体の目標に貢献する」という新しい協働の形が生まれるかもしれません。
対話の目的は、単に意見を調整することではありません。それは、物理学者であり哲学者でもあるデビッド・ボームが提唱した「意味の共有」にあります。組織は、仕事の分担(分業)と協力(協働)によって成り立っています。分業には上下関係や役割分担が必要ですが、全体が一つの目的に向かって動くためには、共通の「意味」が必要です。
もし組織内で「何のために働くのか」「私たちの仕事の本当の価値は何か」といった意味が共有されなければ、組織は個々の部品がバラバラになった時計のように機能不全に陥ります。しかし、人間社会は機械とは異なります。生命体のように、相互に影響を与え合いながら自ら秩序を作り出す「自己組織化」の能力を持っています。だからこそ、たとえ一時的にバラバラになっても、対話を通じてもう一度つながり直し、新たな秩序を生み出すことができるのです。
日本の哲学は、この「つながり」の思想を深く探求してきました。西田幾多郎は、個人の意識の奥底には「絶対無」という、すべてを包み込む根源的な場があると説きました。これは、個人の立場を超えた「無限の全体」とのつながりを示唆しています。この考え方は、私たちのアイデンティティが単独で存在するのではなく、他者や世界との関係性の中で成り立っているという感覚と共鳴します。対話を通じて自己の潜在意識に気づき、他者との違いを乗り越えることは、この根源的な「つながり」を再発見するプロセスだと言えるでしょう。
聖徳太子の「和をもって貴しとなす」、空海の「色即是空、空即是色」、仏陀の「無我」といった思想に共通するのは、目に見える形や個人の自我にとらわれず、すべてのものがつながり合い、変化していく「実在」に目を向けることの重要性です。対話によって「意味」を共有することは、この見えない実在、すなわち私たちにとって本当に大切なこと、守りたいことを共に探求する行為に他なりません。これは組織内に限らず、顧客、国家、そして人間と自然の関係においても、調和と創造性を生み出す鍵となります。

エッセイストの山本七平氏は、日本人の文化的背景として、神道・仏教・儒教が融合し、平等主義・能力主義・集団主義を重視する独自の価値観を育んできたと述べています。この価値観は、集団での合意形成と連帯責任を基本とした「一揆型」の意思決定スタイルに象徴されます。
この仕組みでは、上位者が課題や方針を示し、下位の集団がその具体化を議論・合意し実行に移します。決定がなされると、それに異議を唱えることは忌避され、結果がどうであれ全員が責任を負うという構造になっています。これにより、日本は長期にわたる平和(平安時代や江戸時代)を実現しましたが、その反面、異論が封じられ、失敗の責任が曖昧になるという問題も孕んでいます。
戦後、日本は米国型の民主主義を取り入れましたが、人々の深層にある文化的価値観は大きく変わっていません。個人の自由や多様性の尊重といった現代的な価値観に対して、日本社会は依然として十分に対応できていない側面があります。
社会学者エーリッヒ・フロムによれば、時代の経済・社会構造は人々の精神構造に深く影響を与えます。現代のような不確実で変化の激しい時代には、集団による秩序維持型の意思決定では限界が生じます。特に「異論=和を乱すもの」と見なされやすい風土では、未知の課題に対する自由な発想や提案が封殺されやすくなります。その結果、連帯責任は「誰も責任を取らない」無責任体制へと転じがちです。
このような組織文化では、次の3つの条件が欠けると意思決定システムが機能不全に陥ります。
これらが欠如した環境では、働く人々の内発的動機や「本当の自分」を表現する欲求が抑圧されます。
心理学者エドワード・L・デシが説く「自律性の欲求」や、フロムが語る「真の自由」は、このような抑圧された環境では満たされません。江戸時代から続く勤労観と文化的同調圧力の組み合わせにより、日本人は「偽りの自分」で生きることを余儀なくされがちです。つまり、組織の「和」を乱さぬように、本心とは異なる行動をとることが常態化し、「個性を発揮することは無意味」と感じてしまうのです。
この状態は心理的に不健全であり、精神的な分裂を引き起こします。脳は無意識下でもこの矛盾を解消しようとし、「偽りの自分」が主人、「本当の自分」が従属する構造が固定化されていきます。その結果、多くの働き手が心理的エネルギーを内面で消耗し、未来に向かう創造的な力が削がれ、幸福感を持つことも困難になります。
社会、経済の長期的な変化を予測することは大変、むずかしいことですが、今後30年の間に私たちが経験するだろうさまざまな変化のうち、そのインパクトが大きく確実に起こると思われるトレンドは、つぎの5つになります。その中で、私たち一人ひとりに課される責務を考えました。
① 少子化・高齢化にともなう生産者年齢人口の減少
健康寿命が伸び、若年労働者が少なくなり、年金など将来負担が増えます。年齢差、性差に制約を受けない職場環境が求められています。 私たちは生きがいのある職場づくりに貢献しなければなりません。
② AI(人工知能)、ヒト型ロボットの急速な普及
定型的な仕事の多くが自動化され、人間の感性を必要とする創造的な仕事が増えます。自分の仕事を分析し、よりよく、よりはやく、よりやすく物事を処理できるように、新たなデジタル技術を学習し、仕事の中に取り込んでいことが求められています。 私たちは、想像力、創造力を仕事に活かさなければなりません。
③ 個性、主体性を自由に表現できる社会の実現
組織の小さな歯車ではなく、仕事をつうじて自己を表現できるようになります。組織全体の目的と自分の個性を知り、その中での自分の役割を再定義することが求められています。 私たちは、偽りの自分ではなく本当の自分を生きなければなりません。
④ グローバル化による異文化交流機会の増大
高度な技術をもった外国人材の数が増えます。文化の異なる人びとの価値観を受け入れ、互いに個性を自由に発揮できる職場が求められています。 世界市民としての日本人でありつづけなければなりません。
⑤ 気候変動、世界的な感染症など地球環境問題の深刻化
化石燃料から再生可能エネルギーへのシフトが進みます。私たちの製造プロセスが人類や地球環境におよぼす影響を想像しながら、再生、再利用、共有できる機会を探求し、環境負荷を大幅に低減し、自然資源を涵養することが求められています。 私たちは、生物圏の支配者ではなく、他の生物と共生する人類として自然資源を再生しなければなりません。

エネルギー政策の長期指針となる「エネルギー基本計画」の議論がこれから本格化しています。北海道が脱炭素時代のエネルギー拠点に脱皮しつつあることを、今朝の日経新聞(2024年5月7日「脱炭素が問う北海道の真価」Deep Insight)で紹介されました。
工業地帯の苫小牧にグリーン水素製造施設が2030年、発電所、製油所から出る二酸化炭素回収貯蔵施設、水素と窒素を合成してつくる燃料アンモニアの輸入基地(中東から)などが続々と建設されています。風力発電の適地の50%を持つ北海道では、今後、通常の演算処理に比べ、エネルギー消費が10倍を超えるAI向け電力需要を賄うためのデータセンターの建設の高い伸びが見込まれています。北海道から本州に向けて高圧直流の海底送電を結ぶ計画が動いています。こうした莫大な投資をせずとも、光通信ケーブルを増強するほうが、安くつくのではという興味深い議論も出ています。いずれにせよ、カーボンニュートラルを実現しつつ、地球規模で高まり続ける電力需要にどこまで対応するのかというのは大きな問題です。この対立項をどのように解消するかのヒントはどうもエントロピーの法則にありそうです。
ジェレミー・リフキン(ドイツ、EU、中国の政策アドバイザー)は、驚くことに、1980年代に現在の地球環境問題と生物多様性の問題を論じていました。エネルギー源は、木材→石炭(70年)→石油・天然ガス(70年)→水素(今後70年)と変わるたびに、社会経済システムが大きく変化してきました。こうした北海道で見られる動きが、今後、どのような経済社会システムの鋳型を作り出すのか、大変興味が湧くところです。
リフキンによると、熱力学第二法則(利用可能なエネルギーは利用されると利用不可能なエネルギー「エントロピー」に不可逆的代わるという物理法則)に従えば、収支バランスを超えた分が、借金のように蓄積し、人類を含む生物圏をいずれ危機に陥れるだろうと警鐘を鳴らしていました。近代の思想を支えたニュートン力学、モネ・デカルトの科学的方法論、ジョンロックの自由主義論、アダムスミスの国富論に共通するのは、「自然資本は神から人類に対して与えられたものであり、それは無限であり、人類がそこに秩序を与え、徹底的に効率よく活用する力と自由がある」ということです。日本も進歩を夢見て、明治時代に和魂洋才の名のもとで、こうした思想を取り入れました。そして現在を生きる私たちの思考(哲学、学問)に大きな影響を与えて、水槽にいる金魚にとっての水のように、その存在すら疑いません。今、エネルギー源が水素に代わろうとしているので、大きな社会経済システムの変化が起こると思われます。それは自然資本のレジリエンス(治癒・回復・共生力)を生みだす政策・規制、テクノロジー、ビジネスモデル、人びとの価値観(生きる意味)の変革によって作り出されると思います。
最近、人的資本への投資の必要性がグローバルベースで叫ばれている。人的資本とは、個人が持っている知識やスキル、能力、資質などを経済的な付加価値を生み出すための資本である。きっかけは世界経済フォーラム(WEF)が2018年から3年連続で「リスキル(学び直し)革命」を取り上げ、「2030年までに世界で10億人をリスキルする」ことを目標に掲げたことである。ビジネスモデルを刷新するためには、人材にデジタル、ITの知識を学習させる必要があるという問題認識からスタートしている。仕事の変化に適応するための職種転換のためのリスキリングに対する支援は、国家、企業レベルで取り組むべきであるとしている。
こうした課題認識を受けて2018年には人的資本の開示についての国際標準ガイドラインISO30414が新設され、社外取締役、サステナビリティの課題への取り組みと並んで、人的資本に関する記載も盛り込まれた。これに呼応し、世界各国でリスキリングに向け本格的な取り組みが始まっている。独ボッシュ社は、世界の従業員40万人のリスキングに2026年度までに20億ユーロを投じる。これはCASEという自動車業界のイノベーションに対応した動きである。Amazon社は、2025年まで7億ドルを投じて10万人の再訓練を実施する。これからも進む人材不足に備え、採用コストと育成コストを天秤にかけたうえでリスキリングという人材育成のほうが合理的と考えていることが背景にある。
経済産業省の2021年の調査によれば、2010~2014年における人材投資(OJT以外)の国際比較でアメリカのGDP比2.08%に対して、日本は0.1%と20分の1である。また情報処理推進機構(IPA)の2021年調査では、リスキリングに米国企業の82.1%が取り組んでいるのに対して日本は33%と大差がある。こうした深刻な状況を踏まえ岸田首相は5年間で1兆円をかけリスキリングの支援をするとしており、2022年に「新しい資本主義実現会議」の骨太方針の重点分野の第一に「人への投資と分配」を掲げ、リスキルのための政策を明らかにした。同年5月 経済産業省の人的資本経営の実現に向けた検討会では、人材版伊藤レポート2.0の中で経営戦略と人材戦略の連携、リスキリングのための企業の取り組みについての提言が行われた。プライムに上場する大手企業であるJAL、ヤマトホールディング、三菱地所など大規模なリスキリングへの投資を発表している。
このようにリスキリングは大きな潮流になりつつあるが、この流れに乗って日本の企業は、人的投資の名のもと、DXに必要な知識やスキルなど学習テーマを決めて研修時間を増やしたり、自己啓発としての学習を支援したりすればよいのだろうか。筆者は、それはあまりに想像力のない施策ではないかと考えている。パーソル総合研究所の小林祐児氏が指摘するように、最も学ばない、変わらない日本の社会人にリスキリングの必要性を訴えても、糠に釘を打つようなものである。日本独自のメンバーシップ型雇用システムのもとでは、従業員が学習することに興味関心をもち、自発的に学ぼうとするインセンティブが働いていないという不都合な真実を無視してはならない。また、かつて日本の製造業の従業員が統計的品質管理やカイゼン手法を学び小集団活動をつうじて職場の問題に主体的に取り組んでいたことも忘れるべきではない。こうした小集団活動は、学ぶべき対象が仕事と直結し、かつチームで問題の解決を図ることを目的として行われた。しかし、小集団活動というチーム学習が業務プロセスの改善にとどまってしまったことである。今後、チームで取り組むべき問題は、ビジネスモデルのレベルでの改善や改革であり、学ぶべき新たな知識のほとんどは、自社の組織や業界の内部にはない知識である。まずは学習と仕事とは未分一体であるという前提に立ち、「自分たちに課せられた職務や仕事を改善または改革するために私たちは何を学ぶべきかを学ぶ」ことを出発点としなければならない。これは筆者の持論ではない。科学的な実証研究にもとづいていた提案である。
社会学者、心理学者、教育学者、組織学習理論を研究する経営学者が、明らかにしていることは、一言で言えば、「学習は仕事の中にある」ということである。仕事を離れて学習は存在しえないし、仕事の中での他者との相互交流なしに、学習は深まらない。したがって仕事に中に学びの機会を発見し、それを支援する仕組みや仕掛けをつくらない限り、リスキリングに無関心の従業員の学習を促進することはできない。欧米先進国で主流のジョブ型雇用システムが仮に望ましいとして、日本企業がそれを導入し定着するには最短でも20年はかかるだろう。なぜなら、外部労働市場を支える企業横断的な賃金相場、労働組合、職業資格、教育制度と職業プロフェッショナリズムといったキャリア観が社会的に共有される必要があるからである。日本企業が今、取り組むべき課題は、個人を対象としたリスキリングではなく、チームまたは組織を対象としたアクションラーニング(AL:Action Learning、以下ALという)という仕組みを取り入れることである。幸いにも、日本には野中郁次郎、竹内弘高など組織学習論の世界的な権威がALの理論的な枠組みを提供している。また日本の企業文化との親和性が高いことも後押しになるだろう。


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