トヨタが充電10分で1,200キロ(現在の2.5倍)走れる全個体電池を積んだ車両で試験走行を行ったというニュースがありました。コストが既存のリチウム電池の価格1kW時当たり14千円に比べ60~350千円と高価ですが、高級車など一部の車種では需要が見込まれそうです。EV市場で巻き返しを図るトヨタの強力な武器になると思います。
また、日立、東芝などが製造する重粒子治療、光免疫療法などがん治療における革新的な技術でトップランキング(特許競争力スコア)になっています。毎年世界で2千万人が癌にかかり、1千万人が命を落としています。ある意味膨大な市場でありますし、競争が激しい分野でもあります。
AI(人工知能)などデジタル技術を持つテック企業が市場で高い評価を得ていますが、地道にあきらめず研究をつなぎ、社会的なインパクトの大きなテクノロジーを生み出す研究者、技術者の実直さにより高い評価が与えられてもおかしくないと思います。
2023年6月18~19日、米国務長官のブリンケン氏が訪中し、習近平国家主席、王毅共産党政治局員、秦剛国委員兼外相と会談しました。対立点を明確にしつつ対話を進めるという外交の王道が復活しました。我が国も冷え込んでいる日中関係を見直すタイミングに来たと思う。
また、同月17~23日に予定されている天皇皇后両陛下のインドネシア訪問では、日本の地道な地下鉄などインフラ支援、オランダとの独立戦争で元日本兵が共に戦った歴史などが紹介されました。不幸な歴史もありますが、同国との精神的なつながりは、日本の財産であるように思います。
98歳になったマレーシアのマハティール首相は平和外交の歴史のある日本のリーダーシップに期待を寄せています。韓国同様、マレーシアとも不幸な歴史を共有していますが、それを乗り超えようとする地道な対話や協力が本当の安全保障なのかもしれません。
衆議院選挙投票日の10月31日から11月12日までグラスゴーで気候変動枠組条約締約国会議(COP26)がスタートします。
再生可能エネルギーへの投資拡大が急務になっています。ノルウェーの調査会社ライスタッド・エナジーの推計によりますと、50年までに温暖化ガス排出量を実質ゼロにするとい脱炭素の目標を達成するには、再生エネの投資額を、今後10年間にこれまでの4倍(1,900兆円)にし、化石燃料の減少分を埋めなければならないとのことです。化石燃料の減少が速すぎても供給不足を招きます。
欧州や中国でエネルギー危機が相次ぐなか、移行期の需給コントロールが課題として急浮上しています。これは国際中央決済銀行(BIS)が昨年1月に公表した中央銀行と気候変動時代の金融の安定性に関する提言書「グリーンスワン」で移行期のマネジメントリスクを指摘していましたが、まさに現実のものとなっています。
30年以上にわたり、地球温暖化の分野で幅広い研究をしているイェール大学経済学部教授のウィリアム・ノードハウスは、著書の「気候カジノ‐経済学から見た地球温暖化問題の最適解」中で、今日実行可能な3つのステップを提唱しています。
COP26では、社会的共通資本の概念化した京都大学の故宇沢弘文経済学教授が世界に先駆けて提唱していた炭素税の導入について真剣な議論を期待しています。
アフガニスタンにおける20年に及ぶ米国の戦争が終わりました。正義とは何か、それは哲学的な問いですが、改めて考えこんでしまいます。
作家でカトリック教徒の曽野綾子さんが以前にエッセイの中で書いていた「4つの愛」について手帳にメモをとっていたことをふと思い出しました。もともと愛を4つに分類したのは古代ギリシャ哲学が始まりだったそうです。経営コンサルタントは、切り口を発見するが職業癖になっていて、なかなかいい切り口だなと感心したのを覚えています。
4つの愛とは、つぎの4つです。
この4つの愛は、意図的努力と報酬という2つの軸でマトリックス化できるそうです。( )内のアルファベットの意味は以下のとおりです。
愛という心情に至るのに意図的な努力が必要な場合:A
愛という心情に至るのに意図的な努力が必要でない場合:B
愛することの報いを求める場合:X
愛することの報いを求めない場合:Y
もう少しわかりやすく説明すると、以下のようになります。
フィリア(Philia):共通の価値観を確認するなど多少の努力を要するが、友情の心地よさという果実を得られる。
アガペ(Agape):敵をも赦す包容力なので理性と努力が必要で、しかも見返りを求めない。
エロース(Eros):典型的には男女間の恋愛感情で自然に湧き出る。しかし、相手の応答と自らの満足を求める。
ストルゲー(Storge)自然に湧き出るわが子への情愛だが、見返りを求めない無上の愛。
ガンジー、ネルソンマンデラ、キング牧師といった偉人達は、アガペの必要性を訴え社会を変革しました。しかし、理性を働かせ、見返りを求めない努力が必要なアガペを実現するのは、非常に困難であることを歴史は教えています。古代ギリシャの哲学者もきっと「正義とは何か」を考えていたのではないかと思います。
我が国の製造業は、1990 年まで 30 年間、急激な成長を遂げた。それは、1960 年代から国外の先端技術を創造的に模倣し、統計的品質管理や改善を加えて製造品質を急速に向上させたからである。また、サプライプッシュ型からデマンドプル型の生産方式へ大転換し、プロセスフローの時間を短縮させたからである。
こうした製造現場の改善により我が国の製造業はコスト、品質、納期・数量面で競争優位を確立した。旧経済産業省による政策的な支援により輸出主導型の経済成長を遂げた。1980 年後半以降、急激な円高進行に対応するため、家電、自動車業界を中心とする輸出産業の多くが、低い人件費を求めて東南アジアや中国へ組み立て工程の海外生産移管を加速した。
貿易摩擦と高率関税を回避するため、我が国の自動車メーカーの多くが欧米地域に現地生産拠点を設け、現地調達を進めた。こうした家電、自動車業界の海外展開の特徴は、製造機能に集中していたことである。製品の企画、開発、設計の多くの機能は日本の本社またはマザー工場で行われていた。中核となる知識や技術を国内にとどめ、生産技術、生産管理技術、そして日本文化に深く根差したマネジメント手法を海外に移転した。
このように中核となる部分である根と幹を日本国内に残し、一部の機能である枝のみを国 外に伸ばしていく事業システムは樹状型として表現できる。樹状型と階層型とは概念的に 同一である。前者は上から見た構造に対し、後者は横から見た構造を示す。これとは全く構造がある。それは蜘蛛の巣型である。例えば、自動車は、製品ごとに部品を設計し、統合していくタイプの製品である。こうした統合型製品は、樹状型事業システムがうまく適合する。一方、家電製品(パソコン、携帯電話を含む)は標準部品の使用割合が高い。家電業界は標準部品を専業部品メーカーから買い集め組み立て製品にする。こうした業界は、蜘蛛の巣型 の事業システムがうまく適合する。この違いは設計思想の違いである。
1960 年代の日本の家電メーカーの設計思想は統合型製品であったため、日本家電メーカーは、自前でカスタマイズした部品を設計し、自社または国内協力会社に製造させていた。組立工程を海外に移した家電メーカーは、本国内で設計し調達した部品を海外現地工場に送り、そこで組み立て日本に逆輸入または第三国へ輸出した。しかし、1980 年代以降になると、標準化された低コストの電器・電子部品を供給する専業メーカーが急成長し、海外の家電メーカーに輸出するようになった。
1990 年代後半以降、東南アジア諸国や中国は、先進国からの金属プレス、プラスチック成形などの裾野産業を中心に直接投資を積極的に受け入れ、付加価値を高めた。高い経済成長によって、国内需要が拡大し、現地資本の蓄積が急速に進んだ。韓国、台湾、中国の資本家は、世界中の電器・電子部品メーカーから標準部品を買い集め、人件費の相対的に低い地域で組み立てた。こうした資本家は、日本同様、内部組織内では樹状型のビジネスシステムを採用したが、部品の調達と技術の導入では、積極的にクモの巣タイプの事業システムを採用した。垂直統合による規模の経済と水平分業による範囲の経済を同時かつ最大限に活用することができた。
韓国、台湾、東南アジア諸国、中国は、経済発展のプロセスで蓄積した資本と技術導入で得た知識をもとに、大量生産、大量購買による規模の経済と現地市場ニーズに即したマーケティングとブランド戦略で、コスト競争力と市場拡大の双方を享受し、日本の家電業界を苦境に陥れた。
このように我が国の製造業は、海外展開において現地生産拠点づくりに集中してきた。また、日本の産業構造は、明治以降、国の産業政策に呼応しながら、鉄鋼、機械、電気、化学、通信、電力・ガス、自動車、家電など長い時間をかけて業界別の樹状型事業システムを拡大してきた。国内の同業者間で競争の次元は、需要の三要素と言われる品質、納期、 コストであった。一部の例外はあるにしても、多くの日本企業はニッチ分野で技術を磨くことに集 中、価格引き下げ競争による疲弊をできるだけ避けてきた。したがって、同業者が共存できる状態が長く続いている。このことは、他の先進国に比べて社歴の長い製造企業が多いことや上場会社数が多いことに反映されている。それゆえ、業界を超えて人脈をつくり、異なる業界の企業と協業する機会を戦略的に探索することはなかった。
また自社の研究所で基礎研究や新 製品開発を行うことが多く、大学や研究機関との共同研究は他の先進国と比べれば、金額面、件数面でも少ない。1980 年代は特許の取得件数を増加させること、それを 2000 年代はライセンシングしてロイヤル的収入を増加させることが主目的となった。ホンダ、コマツなど 海外売上比率の高い大手メーカーが、2010 年代に入って、ようやく自社の知財を積極的に活用し、シリコンバレーに拠点を設けるなどして、製品の共同開発を中心に知の探索を海外 にも広げるようになった。
国内市場が日本に比べて小さい韓国や台湾の企業は、会社の設立当初からグローバル市場を視野に入れて人材育成を進めてきた。優秀な社員を米国の大学に留学させたり、海外の大学を卒業した人材を積極的に採用したりしてきた。海外展開の早い段階から現地市場でのブランド構築、販売チャネル開拓に注力し成功を収めてきた。中国は、資本家の子女だけでなく、国家レベルで知の探索を展開するため、日米欧の著名な大学へ優秀な人材を送り込んできた。こうした留学経験者は学問だけでなく、異文化理解力も高い。またビジネスに役立つ人脈も携えて帰国するため、グローバル・ビジネスへの展開にとって大変、貴重な人的資源になっている。
樹状型の組織では、役割と責任を各構成単位に明確に割り振られる。業務プロセスの多くは細分化、標準化、マニュアル化される。トップ方針は、多重階層を経由して現場末端まで伝えられる。一方、現場の情報やデータは報告書や稟議書などの文書をつうじて、定期的に多重階層を経由して上層部に吸い上げられる。業務プロセスのパフォーマンス評価指標は、部署ごとに設定される。こうした樹状型の組織では、自部署に関係する課題をこなすことができるが、部署間をまたがる課題を解決することが十分にできない。また、想定できない未知の問題が発生したときや自社が得意とする領域(業界)以外で変化が起こったときに、樹状型の組織では、どのように対応すべきかを考えることが難しい。
ESG分野の株主提案が増加しつつあります。これは、2019年に米経営者団体ビジネス・ラウンドテーブルが、すべてのステークホールダー(利害関係者)にコミットするという宣言が行われて以来、米国型の株主至上主義からステークホルダー資本主義に急速に浸透しつつあることを示す現象といえます。
日本においては、特にGのガバナンス改革を訴える海外投資家の圧力が高まっています。東芝の経営陣に対する風当たりは大変厳しいものがあります。経営能力がないという批判さえ浴びています。日本の伝統的な組織の意思決定は、集団合意と言われています。これとは対称的に、強いリーダーが企業を引っ張る米国や中国とは全くことなる文化を多くの日本の大企業が有するという現実もあることを忘れてはいけないと思います。
東芝は、国防、エネルギーなど社会インフラ、半導体、量子技術など国家プロジェクトを推進しています。国家もまた重要なステークホルダーです。ステークホルダー資本主義を唱える投資家はこの事実を重く受け止める必要があります。米国大統領は、国家的利益を守るために、ジョンソン・アンド・ジョンソンへのファイザー製ワクチン生産協力、インテルへの半導体工場の米国内建設、中国製品の排除など主導しました。
国家と企業の関係、文化と企業経営について企業経営者も投資家も双方が理解と対話を深めなければ、真のステークホルダー資本主義への転換はできないと思います。技術立国に貢献することをモチベーションに働いている東芝の社員の気持ちを想像できる力も、投資家には求められています。なぜなら、組織で働く人々が、価値を生み出すからです。
米石油大手のエクソンモービル、そして欧州最大手の英蘭ロイヤルダッチシェルの経営陣を震撼させる「まさか」と思われる出来事が起こりました。
両社はSDGs実現に向けた世界的なトレンドに対応すべく、脱炭素に向けた大胆な取り組みを他社に先駆けて積極的に公表し変革を世界にアピールしていました。
ところが、5月26日に開催された米石油大手のエクソンモービルの株主総会において、議決権行使助言会社の米インスチチューショナル・シェアホールダー・サービス(ISS)は、世界最大の運用会社である米ブラックロックとともに同社の株式をたった0.02%所有する投資会社が提案した環境専門家2名を新任役員に推薦する議案に賛成票を投じました。
また、同日、欧州裁判所は欧州最大手の英蘭ロイヤルダッチシェルに対して、二酸化炭素の純排出量を2030年までに19年比で45%にするよう命じる判決を出しました。価値観の変化はイノベーションの最大の機会であり脅威であると経営学の祖ドラッカーが言っていたことを改めて思い出しました。
世界の機関投資家や裁判所は取り組みが足りないと見直しを迫っていいます。今月、日本でも株主総会が本格化します。日本の電力・ガス会社、鉄鋼・セメント会社など二酸化炭素の排出量が多い企業の経営陣は、こうした動きに戦々恐々をしているのではないかと思われます。相変わらず外圧がないと変われないのでは世界で戦っていけないと思います。
1.参加型思考は共同体に不可欠である
量子力学の世界的権威で物理学者・哲学者として有名なデヴィッド・ボーム博士は、著書「On Dialogue」の中で、対話の重要性を再認識すべきであると論じています。人類は、狩猟採集生活を営んでいた100万年の間、20~50人規模のグループで車座になり「対話(dialogue)」を行っていました。対話とは、参加型思考に基づくコミュニケーションの手法であり、それは共同体に参加する人々が、共同体の本質的な意味をお互いに意識し、共有し分かち合うことによって、共同体を一つに固めるセメントのような役割を果たします。共同体の意味を共有することで、人は目に見えない人と人との絆の大切さを感じ、お互いに依存しながら協力して仕事をする関係を築くことができると述べています。
2.具体的思考が科学技術の発展を支えた
言語の発達は、人類の思考プロセスに、自分と他人とを区別する「自我」と、人間と自然を区別する「自然の支配者としての自意識」を芽生え育てる役割を強めました。とくに中世に入り、活版印刷技術が発明され、書物が普及するようになると、科学技術を探究するうえで決定的に重要な役割を果たす具体的思考能力が高まりました。科学技術は、新たな製品・市場を作り出し、経済的富を生み出す強力な役割を果たしてきました。
「自然には矛盾は存在しない」という大前提によって、真実をどこまでも探求することを基本的使命感として、物理学者、化学者などの科学者は、様々な発見・発明を行い、科学技術の発展に貢献してきました。コミュニケーション手法の中心が、共同で参加型思考を行うための対話から、共同で具体的な思考を行う「議論(discussion)」へと移りました。
3.「自分の意見=自分自身=絶対的真実」症候群
同じ共同体で仕事をする人間どうしが、互いに真実を求め共同で議論を行なおうとするとき、お互いに強い自我を意識し始めると、等式「自分の意見=自分自身=絶対的真実」が成立し、相手に議論で勝ち、自己の利益を守ろうとするワナに陥ってしまいます。自分の意見が否定されると、あたかも自分そのものが否定されたと思い込んでしまうことや、自分の意見は絶対に正しいと思い込んでしまうことはよく起こります。人間は、親、兄弟、友人、教師、同僚、上司の思考、または書物、TV、インターネットなどの媒体から、意識的にも無意識的にも集団思考を吸収しますので、個人と同様に、集団の場合でも、集団の意見や想定が否定されると、集団的自衛本能が働き、攻撃的になることがよく起こります。また、そもそも意見や考えはあくまで、抽象的な認識による想定であり、個人もしくは集団を問わず、それを全く否定できない絶対的真実と思い込んでしまうことがよく起こります。ボーム博士は、こうした思考のワナが、自己欺瞞を生み、自己矛盾を生み出す要因のひとつと論じています。
4.失われつつある参加型思考
矛盾は、社会集団間、社会集団内、個人間、個人内に巣くっています。人類の歴史は、我々に「社会現象には常に矛盾が内在する」ことを告げています。それが原因で、現在に至っても、民族、宗教、国家間での対立や紛争は絶えません。ボーム博士は、人類がこうした矛盾を生み出すのは、参加型思考にもとづく対話を組織の中で、ほとんどしなくなったことの要因のひとつであると論じています。
5.企業風土は最重要の経営課題である
企業風土を活性化させることは、多くの企業経営者にとって最重要に位置する経営課題です。企業風土は、企業文化とほぼ同義です。過去の歴史が示すように、優れた文化を持つ共同体は、繁栄しつづけます。それが理にかなっているからであると思います。文化は共同体が生み出す物事の根源的な因子(目的因、作用因、形相因、質料因)であると思います。優れた企業風土のもとでは、組織成員間の信頼関係が強く、組織にかかわる意味を共有し、互いに協力し合い、高い業績を生み出すことができます。働く人々の人生を有意義なものにするかどうかは、大きく企業風土にかかっていると思います。
6.参加型思考が働かなくなると、明晰な具体的思考ができなくなる
参加型思考が働かなくなると、働く人々自身の中、働く人々の間、組織と顧客・市場と間、組織と協力会社との間に、幾層にわたって数多くの矛盾が蔓延します。人間は、参加型思考を働かせなくなると、自我の意識が異常に強くなり、共同体の意味をお互いに共有し相互依存関係で協力しながら仕事をし合うことをしなくなります。「お互いに協力し合えればよい仕事ができるのに、あいつと来たら自分のことしか考えない。」という言葉をよく聞くようになると、それは組織内に矛盾が蔓延し始めた兆候です。なぜなら、参加型思考では、相手の意見・想定を知り、その奥に流れる意味を感じ取り、共有することで、一つの有機体になることを目的にしているのであって、その真偽、善悪を判断することを目的にしていないからです。それゆえ、「お互いに協力したい(参加型思考)」と思うことと「自分は絶対に正しくて相手は絶対に間違っている(非参加型思考)」と思うことは矛盾しています。また、組織内に矛盾が蔓延しますと、過剰なストレスが生じ、明晰な具体的思考を妨げます。
数百万年ともされる人類史は、99%以上が狩猟採集時代で、この間ヒトは多くの動物と同様、効率良く「動く」ために身体を進化させてきた。体を動かし続けることで、腕や筋肉、骨、血液、骨、血管など臓器が適度に刺激され、機能が維持・活性化されるのはそのためである。ところが、その後の急速な文明の発展で、現代人はあまり動かなくても便利な生き方ができるようになった。ヒトの身体は生き方の変化についていけず、動かさなければ機能不全を起こしがちである。加えて獲物があるとは限らない狩猟採集時代の本能で、最もカロリーの高いものを好んで食べ、体に蓄える特性まで持ち続けている。こうした豊かな先進社会ほど、生活習慣病が蔓延する皮肉を呼んだ。旅日記などの資料によると、江戸時代後期に盛んに行われたお伊勢参りでは、1日に60㌔超えることもざらにあった。狩猟時代は狩猟キャンプの移動では、家族で1日30㌔は歩いた可能性がある。(読売2019年1月21日)
トランプ氏の政策は、米国第一主義を理念に、ブルーカラーの工場労働者を支える男性優位の製造業を復活させることであった。その代表的な企業がGMである。米ゼネラル・モーターズ(GM)が米国内の4工場とカナダの1工場を閉鎖し、従業員14,000人を削減する。保護主義でモノの価格が上がり、消費者及び生産者の双方に影響を及ぼしている。トランプ氏が導入した鉄鋼・アルミ関税により、重要な原材料コストが増大した。米国は自動車貿易では中国に対して黒字を計上している。GMの販売台数は、米国よりも中国のほうが大きい。米国内生産がコスト増で競争力を失うのであれば、輸出向け生産工場を、中国を含む国外へ移転するほうが得策である。すでにBMWは生産を米国サウスカロライナ州から中国遼寧省瀋陽に移管した。かつてGMにとって良いことは米国にも良いと言われたが、それは遠い昔の話で、今は、GMにとって悪いことは米国にも悪いと言える(日経20181203より)。
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