米中対立を主軸とする地政学ダイナミクスの変化が、日中関係に構造的な緊張をもたらす中、多くの日本企業は、経済的な結びつきの強さから「最悪の事態は起こらないだろう」という合理的な判断に基づきリスクを評価しています。
しかし、日本企業のリスク評価を支えるその大前提が、中国共産党の行動原理と致命的に乖離していたとしたら? その時、あなたの会社の戦略は機能不全に陥ります。
本記事では、米海軍大学校の歴史家サラ・ペインの分析に基づき、多くのビジネスパーソンが見落としている、経済合理性を超えた中国の「本当の動機」を3つの不都合な真実として解き明かします。
中国共産党にとって、最優先されるべき課題は経済成長ではありません。それは、党による「絶対的な政治的独占を維持すること」です。この目的の前では、経済的な繁栄さえも二次的な要素に過ぎません。
この文脈で台湾を見ると、その存在は単なる領土問題ではなくなります。民主主義と自由経済を享受し、文化的に成功を収めている台湾は、「共産党支配なしに繁栄する中国社会」が可能であることの「生きた反論」なのです。この事実は、中国共産党の支配の正当性そのものを根底から揺るがす、実存的な脅威と見なされています。この脅威に対抗するため、習近平主席は国内の結束を促す最後の切り札として「ナショナリズム」を動員しており、これが台湾統一への圧力を一層高めているのです。
中国共産党の「絶対的な政治的独占を維持すること」が 最優先事項であり、経済成長さえも交渉可能な要素である。台湾は「生きた反論」として、共産党支配なしに繁栄する中国社会が可能であることを示し、党の存立を脅かす実存的脅威と見なされている。
多くの企業が、合理的な国益計算に基づいて中国のリスクを評価していますが、危機の本当の核心はそこにありません。真のリスクは、経済的な損失を度外視してでも「絶対的な政治的独占」を守ろうとする、政権の存亡をかけた「非合理な誤算」の中に潜んでいます。
この「非合理な決断」は、日本企業にとって「地政学的な一瞬での経済的進歩の蒸発」を意味します。もし中国が台湾に侵攻すれば、その代償は計り知れません。国際社会は、その帰結を曖昧さなく中国に伝え続ける必要があります。
「グローバルな貿易システムから永久に追放」され、「何十年にもわたって成長を抑制」されるという破滅的な経済的帰結
台湾有事が発生した場合の最悪シナリオとは、単なる経済制裁ではありません。それは、中国経済がグローバルな貿易・金融システムから完全に、そして永久に切り離される事態を意味します。
このシナリオ下で課される制裁は、一時的なものではなく、永続的なものになる可能性があります。ロシアのウクライナ侵攻後に科された制裁をはるかに超える、前例のない規模と厳しさになるでしょう。
国際社会から「この世の終わりまで」続くような長期的制裁が課され、中国経済がグローバルシステムから切り離される。
このような究極のリスクに直面したとき、日本企業に求められる戦略は、もはや従来の「リスク管理」では不十分です。今すぐ着手すべきは、「リスクの除去・分散」への根本的なシフトです。これは具体的には、サプライチェーンにおける「チャイナ・プラス・ワン」の加速、最悪の事態を想定した中国事業の撤退・縮小ロードマップの策定といった、従来のリスク管理とは次元の異なる「覚悟」を意味します。
これまで見てきたように、中国の行動原理は、私たちが前提としがちな経済合理性とは全く異なるロジック、すなわち「共産党による政治的独占の維持」によって動いています。これは、日本企業が直視すべき3つの戦略的現実を意味します。
この不都合な真実を前に、経営者やビジネスリーダーは自問すべきです。
あなたの会社の中国戦略は、経済的合理性が続くという「希望」に基づいていますか? それとも、その前提がいつ崩れてもおかしくないという「覚悟」に基づいていますか?
その答えが、未来の企業の存続を左右するかもしれません。
最近、世界経済が根本的に変わり、より分断されていると感じませんか?これは単なる気のせいではありません。私たちは今、経済史における「巨大なUターン」とも言うべき地政学的な地殻変動の真っ只中にいます。
数十年にわたり、国境を越えた貿易と資本移動の自由化を推し進めてきた「ワシントン・コンセンサス」という経済思想が、世界の常識でした。この「ハイパー・グローバリゼーション」の時代が終わりを告げ、国家安全保障と国内産業を優先する「ホームランド・エコノミクス」という全く新しいモデルへと、世界は大きく舵を切っているのです。
この記事では、この歴史的な転換の裏に隠された、5つの驚くべき、あるいは直感に反する真実を、最新の分析に基づいて解き明かしていきます。
1990年代、資本が国境を自由に飛び交う「ハイパー・グローバリゼーション」の最盛期には、世界は単一の巨大な資本市場になったと考えられていました。しかし、これは意図的な政策選択の結果でした。第二次大戦後の「ブレトンウッズ体制」では、資本移動はむしろ厳しく管理されていたのです。そして驚くべきことに、規制が撤廃された後でさえ、データは真に統一されたグローバル資本市場が実は存在しなかったことを示しています。
その証拠は2つあります。第一に、豊かな国々の経常収支の不均衡は、GDPの平均2〜3%程度と非常に小さいものでした。もし本当にグローバルな市場が存在すれば、貯蓄の多い豊かな国から投資を必要とする貧しい国へ、もっと大規模な資本の流れがあったはずです。しかし実際には、ほとんどの貯蓄と投資は国内に留まっていました。
第二に、実質金利が国によって大きく異なっていました。単一のグローバル市場であれば、資本はリターンの高い方へ流れ、最終的に金利は世界中でほぼ同じ水準に収斂するはずですが、そうはなりませんでした。さらに、この不完全で不安定な資本移動は、1997年のアジア通貨危機のように、途上国に壊滅的な金融危機をもたらすこともありました。
そして、この不完全なグローバル市場の恩恵は、そもそも豊かなくにの労働者には届いていませんでした。
グローバル化は世界全体の富を増大させましたが、その恩恵は豊かなくにの労働者に平等に行き渡ったわけではありませんでした。むしろ、その格差は深刻な政治問題の火種となりました。
2006年までに、豊かな国々で経済全体に占める労働者の取り分は、過去30年間で最低の水準にまで落ち込みました。特に米国では、2001年の景気後退後、労働者の生産性は15%も上昇したにもかかわらず、典型的な労働者の実質賃金は逆に4%も減少するという事態が発生したのです。
この驚くべき格差の背景には、世界的な労働供給の爆発的な増加があります。中国、インド、そして旧ソビエト圏が世界市場に参入したことで、利用可能な労働力は15億人から30億人へと、事実上倍増しました。この巨大な労働力の流入は、資本の増加を伴わなかったため、豊かな国々の労働者の交渉力を弱め、賃金に強烈な下方圧力をかけたのです。
グローバル化の勢いが衰え始めたのは、近年の米中貿易戦争がきっかけだと思われがちですが、実際にはそのずっと前、2010年頃から「スローバリゼーション(slowbalization)」と呼ばれる減速が始まっていました。
この失速には、主に3つの実用的な理由がありました。
このため、近年の保護主義的な動きは、かつてないほど経済を混乱させます。あるアナリストが指摘するように、今日の深く統合されたサプライチェーンに関税をかけることは、次のような行為に等しいからです。
まるで工場の真ん中に壁を建てるようなものだ。
この「スローバリゼーション」という静かな変化が土台となり、近年の地政学的な衝撃が、経済を全く新しい方向へと押し出したのです。
そして今、私たちは「ホームランド・エコノミクス」という、全く新しい時代に突入しています。これは、経済政策の最優先目標が、純粋な経済効率性から、地政学的リスクを低減することへと根本的にシフトしたことを意味します。この転換を加速させたのは、近年の4つの大きな衝撃でした。(1) 2020年のコロナ禍が露呈させたサプライチェーンの脆弱性、(2) 激化する米中対立、(3) ロシアによるエネルギーの武器化、そして(4) 生成AIがもたらす未来への不確実性です。
政府はこの新しい目標を達成するために、主に2つの強力なツールを用いています。
この新しいアプローチにより、グローバル化を支えてきた世界貿易機関(WTO)は事実上その機能を停止させられ、代わりに地政学的なつながりを重視する地域的な貿易ブロックが台頭しています。
ホームランド・エコノミクスには、大きな経済的コストが伴う可能性があります。ある試算によれば、世界経済が完全に分断された場合、世界の総生産は2%から最大で5%以上も減少する可能性があるとされています。5%の減少とは、「世界全体が経済的なブレグジット(英国のEU離脱)を選択するようなものだ」と言えば、そのインパクトの大きさがわかるでしょう。
にもかかわらず、なぜ政治家はこの道を突き進むのでしょうか。そこには巧妙な「政治的ワナ」が存在します。
このワナがあるため、政治家は、たとえ歴史が内向きになることの経済的損失を証明していても、保護主義的な政策を追求する強いインセンティブを持ってしまいます。
世界は今、効率性を追求した「ハイパー・グローバリゼーション」の時代から、安全保障を最優先する「ホームランド・エコノミクス」の時代へと、大きな転換点を迎えています。この新しいモデルは、世界をより安全で、より公平な場所にするという約束を掲げています。
しかし、その裏には高いコストと大きなリスクが潜んでいます。もし、このコストのかかる新しいモデルが約束通りの成果を上げられなかったとしたら、政府はどうするでしょうか。
その時、政府は成果を出すため、さらに強力な国家管理、さらに積極的な産業政策へと、より自由の少ない道へと突き進むことを余儀なくされるのではないか――。それこそが、私たちが今、真剣に考えなければならない、未来への懸念なのです。
ジョン・ジョゼフ・ミアシャイマーJohn Joseph Mearsheimer氏は、アメリカのシカゴ大学の国際政治学者であり元空軍軍人です。彼をご存じのかたも多いと思います。彼は、日本の経済危機が示唆するグローバルな構造変化に関する重要かつ冷徹な分析を提示しています。彼の分析は、長年にわたり西洋の政策立案者が頼ってきた「金融的な幻想」が、もはや持続不可能であることを示しています。以下、要約して説明しましょう。
日本で展開されている事態は、単なる孤立した経済不安(economic disturbance)ではありません。それは、ポスト冷戦時代に西側諸国が不朽のものと想定していた秩序が、すでにその限界点に達したことを示す構造的な警告(structural warning)です。
日本は、異常な債務水準や非伝統的な金融政策を持つ「特異な国」(anomaly)として扱われてきましたが、現実はより深刻です。日本は「異例」ではなく、むしろ「先駆者」(forerunner)であり、繁栄を生み出した条件が失われた後に先進国がどのように繁栄を維持しようとするかを示しています。現在、日本で観察されるストレスは、米国やヨーロッパが明日直面するであろうのと同じストレスです。
以下に、日本の危機が西側の構造的衰退を予示する主な論点を解説します。
西洋の経済モデルは、金利操作やバランスシートの膨張、金融工学への依存を通じて成長を維持できるという幻想の上に成り立ってきました。しかし、日本は、いかなる金融工学も構造的な衰退を補うことはできないという根本的な真実を明らかにしています。
人口動態の重荷が経済安定を破壊
日本の経済安定性を損なう最も重大な要因は人口動態です。労働力人口の縮小、退職者人口の増加、生産性の長期的な停滞といった圧力は、いかなる中央銀行も中和できません。日本は、人口動態上の衰退から金融的に逃れることは不可能であるという教訓を示しています。
財政の現実との衝突
長年の景気刺激策、膨れ上がった財政赤字、および上昇する債券利回りは、西洋の金融実験の限界を露呈させています。最近見られた日本の債券市場の動揺は、市場がもはや金融的な幻想を信じていないことを意味しています。GDP比230%を超える債務を抱える国は、借り入れコストの長期的な増加を許容する余裕がなく、最も洗練された先進国であっても、財政の重力的な引きから永遠に逃れることはできないことが示されています。
ポスト冷戦秩序は「経済が地政学を凌駕する」という幻想の上に築かれていましたが、日本の危機は、大国間競争が回帰するにつれてこの前提が崩壊したことを示しています。
中国への「二重の依存」
日本は現在、戦略的に持続不可能な「二重の依存」に陥っています。すなわち、安全保障を米国に依存する一方で、産業基盤において中国の経済的影響力に深く依存しています。
• 中国のレバレッジ:中国は、グローバルサプライチェーンの中心ハブであり、半導体や先進製造業に不可欠なクリティカルミネラル(レアアース、グラファイト、ガリウムなど)を圧倒的に支配しています。日本はこれらの輸入なしに技術力を維持できません。
• 戦略的自律性の喪失:ライバル勢力の極の間に挟まれた国家は、危機を安全に乗り切るために必要な戦略的自律性を失います。
東京が中国に対してより強硬な姿勢をとるという判断は、経済的報復に直面せずに北京を挑発できるという現代の地経学の根本的な誤解を反映しています。
米国が導入した関税と保護主義は、「アメリカ産業の再生」を意図しましたが、国際政治においては意図とは逆の結果を生み出し、日本の産業基盤への圧力を強めました。
• サプライチェーンの分断:保護主義はグローバルサプライチェーンを分断し、投入コストを上昇させ、阻止しようとしたはずの衰退を加速させました。
• 自らに課したハンディキャップ:関税は、米国経済の構造的な高コスト要因を増幅させ、米国の製造業者が日本の中間財に対する需要を減らすか、生産をオフショアに移転させることを促しました。
• 戦略的な矛盾:米国は同盟国に対し、中国から供給元を多様化するよう促していますが、米国の関税政策は、日本の企業に対し、コストの安定性と市場を求めて中国の経済的軌道へ深く押し込むという戦略的な矛盾を生み出しました。
結局、米国は、高いコスト、関税、およびインフラの弱体化によってすでに逼迫している経済を補助することで、より少ない生産のために遥かに多くの費用を使うという、日本を現在のストレスポイントに導いたのと同じモデルを複製してしまったのです。
日本が直面する危機は、いかに富や革新性がいかに優れていても、人口動態が転換し、市場が信頼を失い、地政学がグローバル化の前提を分断したとき、いかなる国家も経済の基礎的な原則を永遠に操作することはできない という冷酷な現実を映し出す鏡です。
新たな国際システムは、効率性や統合ではなく、ライバル関係、断片化、そしてハードパワーによって定義されるものとなるでしょう。この現実を無視することは、西側の衰退を加速させるだけです。
なぜ今、経営者が安全保障を直視すべきなのか
今日の事業経営者にとって、地政学リスクと安全保障環境の理解は、もはや選択ではなく必須の経営課題となっています。日本は、中国、ロシア、北朝鮮という地政学的変動の震源地に囲まれ、その圧力は恒常化しつつあります。不確実性が支配する時代において、未来を正確に予測することは誰にもできません。しかし、未来に向けたシナリオプランニングの精度を高めることは可能です。本エッセイは、今後の日本の安全保障環境を形作る上で、ほぼ確実に起こる「構造的な潮流」と、その展開を大きく左右する「未知なる巨大な変数」を明確に切り分けて提示します。これにより、経営者の皆様が自社の戦略を構築するための、強固な思考の基盤を提供することを目的とします。
1 確実に起こる「新たな現実」- シナリオの基盤となる確定要素
今後数年間の日本の安全保障環境を規定する、不可逆的かつ確実視される構造的変化が存在します。これらは、楽観的な希望や悲観的な予測を超えて、あらゆる事業計画やリスク評価の前提条件、すなわち「ベースライン・シナリオ」を構成するものです。これらの「新たな現実」を直視することから、未来への備えは始まります。
1.1. 中国・ロシア・北朝鮮による「3正面」からの圧力の恒常化
日本が直面する中国、ロシア、北朝鮮からの脅威は、もはや個別の事象ではなく、相互に連携した「3正面の脅威」として構造化・恒常化しました。この連携は単なる地理的な近接性にとどまりません。中露の戦略爆撃機による日本周辺での共同飛行、ロシアから北朝鮮への軍事技術供与、さらには宇宙から海底に至るまでの共同演習など、その連携は質的に深化しています。この「3正面」からの同時圧力は、日本の防衛リソースを著しく分散させます。例えば、台湾有事という特定の事態が発生した際に、日本の防衛力を台湾方面へ集中させようとしても、北方ではロシアが、日本海では北朝鮮が軍事演習などの牽制行動を起こすことで、日米の注意と戦力を引きつけ、中国を間接的に支援する構図が常態化しつつあるのです。これは、日本の防衛計画における極めて深刻な制約条件となります。
1.2. 中国の軍備拡張と戦力投射能力の質的転換
中国人民解放軍の近代化は、単なる「量の拡大」のフェーズを終え、西太平洋における軍事バランスを根底から覆す「質の転換」へと移行しています。これは、もはや後戻りのできない現実です。
• 海軍力: 艦艇数において、中国海軍は350隻を超え、米国海軍(300隻弱)を凌駕しています。しかし、真に注目すべきは、世界一の造船能力を背景に持つ中国と、産業基盤が「壊滅的」と評される米国の増産能力の絶望的な格差です。その上で、3隻目の空母「福建」の登場はゲームチェンジャーです。従来のスキージャンプ式が自力発艦のために燃料・兵装を制限されたのに対し、「福建」の電磁カタパルトは物理的に「飛行機を叩き出す」ことで、戦闘機はより多くの燃料と兵装を搭載し、長距離作戦が可能になります。さらに、早期警戒管制機(プロペラ機)の運用も可能となり、艦隊の「目」の能力が飛躍的に向上します。
• 航空戦力: 第5世代ステルス戦闘機であるJ-20やJ-35の配備が進んでいます。レーダーに捉えられにくいステルス機は、従来の第4世代機に対して圧倒的な優位性を持ち、これまで自衛隊と米軍が維持してきた航空優勢に深刻な挑戦を突きつけています。
• ミサイル戦力 (A2/AD): 中国は、有事の際に米軍の介入を阻止・妨害する「接近阻止・領域拒否(A2/AD)」戦略の要として、多種多様な弾道ミサイルを配備しています。グアムの米軍基地を射程に収める「グアム・キラー」(DF-26)や、動く空母を精密に狙う対艦弾道ミサイル(DF-21D)は、米軍の空母打撃群が台湾周辺へ接近すること自体を極めて困難にし、米国の介入意思決定に物理的な圧力をかけています。
1.3. 「グレーゾーン」における対立の常態化
軍事衝突には至らないものの、主権を侵害する行為が続く「グレーゾーン事態」は、特に尖閣諸島周辺で常態化しています。中国海警局(CCG)の船舶による領海侵入が毎日のように繰り返され、日本の主権に対する継続的な挑戦となっています。看過できないのは、海警局の質的変貌と、それに対する日本の後れです。2023年時点で、海上保安庁の大型巡視船75隻に対し、海警局は159隻と数で圧倒しています。さらに、海警局はもはや海軍からのお下がりではなく、海軍仕様のフリゲート艦を専用に建造し、日本の護衛艦と同等の76mm速射砲を搭載しています。これは、もはや「第二の海軍」です。ある元自衛隊幹部が「ぼーっとしている間にここまで差をつけられた。何をやっていたんだ」と嘆くほどのこの現状は、戦略的 complacency( complacency、自己満足)が招いた結果であり、経営者が自社の競争環境分析において決して繰り返してはならない教訓と言えるでしょう。
1.4. 南西諸島が不可避の最前線となる現実
台湾有事が発生した場合、与那国島から台湾までわずか110kmという地理的条件から、南西諸島が紛争の最前線となることは避けられない運命です。この現実に直面し、日本政府は防衛体制の「3本柱」を構築してきました。第一に、部隊配備を進め、防衛の「空白地帯を埋める」こと。第二に、情勢が緊迫した際に全国から部隊を「増強し、戦力を集中させる」こと。そして第三に、万が一離島が占拠された場合に「水陸機動団をもって奪還する」ことです。この体制構築は重要な第一歩です。しかし、同時に巨大な課題も残されています。鹿児島から与那国島まで1100kmに及ぶ広大な島嶼部で戦闘を継続するための継戦能力、すなわち燃料・食料・弾薬の補給をいかに維持するか。さらに、有事が迫った際には、先島諸島の住民約10万人、台湾在住の邦人約2万人、中国在住の邦人約10万人、合計20数万人をいかに安全に避難させるか。これらは、まだ解決の道筋が見えない、極めて困難な兵站・民生上の課題です。これらの「確実な現実」は、我々が未来を考える上での揺るぎない土台です。しかし、この土台の上でどのような未来が展開されるかは、次に分析する「未知なる変数」の動向に大きく左右されることになります。
2 未知なる巨大な変数 – シナリオを分岐させる不確定要素
前章で述べた確実な潮流を前提としても、日本の未来を左右する極めて重要な「不確定要素(ワイルドカード)」が存在します。これらは、今後の動向次第でシナリオが大きく分岐するポイントであり、事業経営者がリスク管理と事業機会の特定を行う上で、その変化を最も注意深く監視すべき戦略的変数です。
2.1. 米国の対日・対台湾コミットメントの信頼性
本レポートにおける最大の不確定要素は、米国の同盟国に対する防衛コミットメントの信頼性です。将来の米国政権が「法の支配」といった価値観を軽視し、国益を最優先する姿勢を強めた場合、その核心には「米軍兵士の命をかけて日本と台湾を守るのか」という、極めて根源的な問いが存在します。この懸念は、単なる政治的な問題ではありません。前述の通り、中国のA2/AD能力の向上により、米国の空母打撃群が台湾周辺に接近すること自体の物理的リスクが飛躍的に高まっています。この現実は、米国の軍事介入を躊躇させる強力な要因となり得ます。日米同盟を安全保障の基軸とする日本の防衛政策にとって、この変数の揺らぎは根幹を揺るがす最大のリスクであり、経営者が想定すべき「最悪のシナリオ」の引き金となり得るものです。
2.2. 日本自身の防衛体制と国民の覚悟
日本の国内政治もまた、大きな変数です。自公連立から自民・維新連立への政権の枠組み変化は、一部の安全保障専門家から「日本の夜明けと評されるほど、安全保障政策の抜本的な転換の可能性を秘めています。防衛力の抜本的強化といった「ハード」の整備が進む可能性は高いでしょう。しかし、その政策転換が実効性を持つかは未知数です。ハードの整備を支えるための法整備、国民的コンセンサス、そして継戦能力を担保する兵站体制といった「ソフト」面の変革が伴わなければ、防衛力は真の抑止力となり得ません。宮古島での市民活動家との衝突や、民間空港である下地島空港の自衛隊利用に関する国内の意見対立は、防衛力強化が国内の合意形成という高い壁に直面する現実を象徴しています。この国内要因の行方が、日本の有事対応能力を左右する重要な不確定要素となります。
2.3. 台湾有事の「Xデー」とその展開
台湾有事の脅威は現実的なものとして認識されていますが、その具体的な「時期」と「形態」は誰にも予測できない最大の未知数です。このシナリオにおいて、ロシアの役割は極めて重要です。専門家は、ロシアが台湾有事に直接軍事介入する可能性は低いと見ています。しかし、中国の侵攻に合わせて、極東で大規模演習を開始したり、核実験を強行したり、カムチャツカ半島方面へ弾道ミサイルを発射したりする可能性は十分に考えられます。このような行動は、日米の情報収集アセットと軍事リソースを北方に釘付けにし、結果的に中国の台湾への集中を間接的に支援することになります。これにより、有事の様相はさらに複雑化し、日米の対応を極めて困難にするでしょう。
2.4. 新時代における戦争の様相と勝敗の行方
現代の戦争は、宇宙・サイバー・AI・ドローンが主役となり、その様相は大きく変容しています。このパラダイムシフトは、空母のような伝統的な大型兵器の脆弱性を高めています。専門家が「宇宙から見たら空母の位置は明白に分かる」と指摘するように、衛星からの常時監視が可能な現代において、巨大な目標である空母が集中攻撃を免れることは困難です。「もはや空母決戦はありえない」という見方が強まる一方、中国側には広大な太平洋でA2/AD戦略を完遂するためには空母が必要というジレンマも存在します。この技術的変革は、戦争の勝敗そのものの定義をも曖昧にします。決定的な勝利が得られないまま紛争が長期化したり、サイバー攻撃などが絡むことで予測不能な形でエスカレーションしたりするリスクをはらんでいます。これは、事業の前提を根底から覆しかねない、経営者が理解すべき未知のリスクです。これらの巨大な不確実性を乗り越え、企業が存続し成長するためには、どのような視点が必要になるのでしょうか。
提言:事業経営者への戦略的インプリケーション
本レポートでは、日本の安全保障環境を形作る「確実な現実」と、未来を分岐させる「未知なる変数」を分析しました。「3正面からの圧力」や「中国の軍事的台頭」は、事業計画の前提となるベースラインです。一方で、「米国のコミットメント」や「日本の国内体制」、「戦争の様相の変化」は、常に監視し、複数のシナリオを想定しておくべき重要な変数です。これらの分析を踏まえ、事業経営者が具体的なアクションに落とし込むべき3つの戦略的視点を提言します。
• サプライチェーンの再評価と強靭化南西諸島が紛争の最前線となるという不可避の現実を鑑み、台湾海峡を含むこの地域に依存するサプライチェーンの脆弱性を徹底的に洗い出すべきです。代替調達先の確保、重要部材の在庫水準の見直し、生産拠点の分散化など、具体的な強靭化策に今すぐ着手する必要があります。
• 従業員の安全確保と事業継続計画(BCP)の見直し20数万人に及ぶ邦人の避難が巨大な国家的課題となることを踏まえ、特に東アジア地域に拠点や従業員を持つ企業は、従業員の安全確保を最優先しなければなりません。政府計画を待つのではなく、自社で現実的かつ迅速に実行可能な退避計画を策定し、リモートでの事業継続体制を盛り込んだBCPへと見直すべきです。
• 地政学インテリジェンスの常時監視米国のコミットメントと日本の国内合意という最大の変数が未来を左右するため、安全保障環境の変化を「他人事」と見なすことは許されません。米国の政策動向、中国の国内情勢、日本の防衛政策の進捗といった変数を継続的に監視し、経営判断に組み込むための情報収集・分析体制の構築が不可欠です。不確実性の時代において、リスクをただ恐れるのではなく、その背景にある構造的変化を深く理解し、複数のシナリオに基づいて備えること。それこそが、変化を乗りこなし、企業の持続的成長を実現するための鍵となるのです。
日本企業の海外ビジネスと聞くと、多くの人は米国や中国といった巨大市場での成功を思い浮かべるかもしれません。しかし、最新のデータは、その常識を覆す、より複雑で意外なグローバル戦略の現実を明らかにしています。
日本貿易振興機構(JETRO)が発表した「2025年度 海外進出日系企業実態調査(全世界編)」は、世界82カ国・地域に進出する約7,500社の日系企業からの回答を基にした包括的なレポートです。この調査からは、これまでのイメージとは異なる、いくつかの注目すべきトレンドが浮かび上がってきました。
本記事では、この詳細なレポートから読み解ける、最もインパクトがあり直感に反する「5つの意外な真実」を抽出し、日本企業がどこで成功を収め、どのような新たな課題に直面しているのか、新鮮な視点でお届けします。
1. 意外な主役:「グローバルサウス」が新たな成長エンジンに先進国や中国市場が注目されがちですが、今回の調査で最も顕著な成長と将来性を示したのは、中東、南西アジア、アフリカといった「グローバルサウス」でした。これらの地域が、日本企業の新たな成長エンジンとして急速に台頭しています。
収益性のデータ: 海外に進出する日系企業の黒字割合は全体で66.5%と2年連続で増加しましたが、この成長を力強く牽引しているのがこれらの新興市場です。黒字企業の割合は、中東で過去最高の73.8%、南西アジアで71.7%、アフリカでは調査開始以来初めて6割を超える61.6%を記録しました。
事業拡大意欲のデータ: 今後の事業拡大に対する意欲も非常に旺盛です。特にインドでは、実に81.5%もの企業が事業拡大を計画していると回答。また、アフリカでも製造業の70.4%が拡大意欲を示しています。
分析: この動きは、日本企業が従来の主要市場から戦略的に多角化を進め、新興国の活気ある内需を直接取り込もうとしている明確なシグナルと言えるでしょう。これはまた、従来の輸出主導型モデルに加え、現地生産・現地消費を軸とした新たな成長方程式を確立しようとする意志の表れでもあります。
2. 中国ビジネスのパラドックス:拡大意欲は過去最低、でも業績は急回復日系企業の中国ビジネスは、一見矛盾した状況にあります。今後の事業拡大に対する意欲は過去最低レベルに落ち込む一方で、業績見通しは驚くべき回復を遂げているのです。
拡大意欲 vs. 業績見通し: 中国で事業を「拡大」すると回答した企業の割合は21.3%と、比較可能な2007年以降で最も低い水準を更新しました。しかし、企業の景況感を示すDI値(「改善」と回答した割合から「悪化」と回答した割合を引いた数値)は、前年の-17.7ポイントからプラスの1.7ポイントへと劇的に回復しました。
回復の背景: この業績回復は、市場の急成長によるものではありません。調査によると、その主な要因は「生産効率の改善」に加え、「人件費の削減」や「管理費などのその他支出の削減」といった、企業内部の徹底したコストコントロール努力にあります。
分析: これは、成長鈍化という厳しい市場環境の中で、単に規模を拡大するのではなく、より効率的に事業を運営する方法を模索し、それに適応している日本企業の強靭さを示す物語と言えます。これは、今後の対中投資が、市場シェアの拡大よりも、収益性の高い事業への集中やサプライチェーンの最適化といった、より質的な向上を目指すものへと変化していく可能性を示唆しています。
3. 米国追加関税の影:影響はサプライチェーン全体に広がる米国の追加関税措置の影響は、米国へ直接輸出する企業だけに留まりません。その影響はグローバルなサプライチェーン全体に波紋のように広がり、直接の貿易紛争当事国ではない国々の企業にも及んでいます。
直接的な影響: 対米輸出を行う製造業のうち、約4割が営業利益に「マイナスの影響が大きい」と回答。特にメキシコや中国に拠点を置く企業では、その割合は5割を超えています。
間接的な波及効果: 影響はサプライチェーンを通じて拡散しています。メキシコ、ブラジル、韓国といった米国との貿易関係が深い国々では、全体の景況感(DI値)が大幅に悪化しました。特にメキシコのDI値は前年から27.7ポイントも低下しています。影響は特定業種に集中しており、影響があったと回答した全企業のうち、実に49.3%が「自動車・自動車部品」を影響品目として挙げています。これは、関税問題がいかに自動車サプライチェーンを直撃しているかを示す強力な証拠です。
分析: このデータは、グローバル経済がいかに相互接続されているかを浮き彫りにしています。一国の政策が世界中に不確実性をもたらし、世界中の企業にサプライチェーンの見直しとリスク管理の再構築を迫っているのです。もはや地政学リスクは一時的な混乱要因ではなく、事業戦略に恒常的に組み込むべき経営変数となったことを示唆しています。
4. 人材獲得競争の新局面:ベトナムでは中国系企業が最大のライバルに海外における人材獲得競争はますます激化しており、3割以上の企業が「この2年で状況が悪化した」と回答しています。特にアジアの主要市場では、これまでとは異なる新しい競争の構図が生まれています。
競争が激しい地域: 人材不足は、ベトナム、ブラジル、インドといった高成長国で特に深刻です。全体としては「地場企業」との競争が最も一般的ですが、ベトナムでは驚くべき変化が見られました。
意外な競争相手: ベトナムにおいて、日系企業は人材獲得の最大の競争相手として、地場企業や他の日系企業ではなく「中国系企業」を挙げています。データを見ると、競合相手として中国系企業を挙げた割合(33.9%)は、日系企業(33.7%)や地場企業(29.0%)を上回りました。
分析: この事実は、東南アジアにおける経済地図の変化を象徴しています。この地域への中国企業の投資と進出の増加が、市場での競争だけでなく、「人材」という重要な経営資源を巡る戦いにおいても、日系企業に新たなプレッシャーを与えていることを示唆しています。これにより、日本企業は給与体系だけでなく、キャリアパスや企業文化といった総合的な「働きがい」で差別化を図る必要に迫られています。
5. 「人権DD」はもはや常識へ:製造業を中心に急速に広がるこれまで一部の先進的な企業の取り組みと見なされがちだった「人権デューディリジェンス(DD)」が、今や特別なことではなく、標準的なビジネス慣行として急速に浸透しつつあります。
導入率のデータ: 人権DDを実施している企業の割合は、調査開始以来初めて3割を超え、30.8%に達しました。この動きは特に製造業で顕著で、例えば「輸送用機器(自動車等)」の分野では実施率が64.7%に達し、前回調査から飛躍的に増加しています。
導入のメリット: 企業はなぜ人権DDに取り組むのでしょうか。調査によれば、実施した企業の約8割が「社内の人権リスクの低減」を、4割以上が「従業員の働きやすさの改善」を具体的な効果として挙げています。
分析: これは、人権への配慮が単なるコンプライアンスや外部からの圧力への対応ではなくなっていることを示す、根本的なシフトです。企業は、人権への投資がリスクを低減し、職場環境を向上させるという、具体的かつ内部的なメリットをもたらすことに気づき始めています。これは人権への取り組みが、優秀な人材の獲得や、倫理的なサプライチェーンを重視するグローバルな顧客からの信頼を得る上での、新たな競争優位性になりつつあることを物語っています。
まとめ
今回のJETRO調査が明らかにした5つの事実は、日本企業を取り巻くグローバル環境が、かつてなくダイナミックで断片化していることを示しています。今後の成功は、グローバルサウスという新たな成長市場を開拓し、複雑な地政学的圧力に適応し、そして人材獲得や企業の社会的責任といった新たな競争軸で優位性を確立できるかどうかにかかっています。こうした地殻変動が加速する中で、日本企業は今後どのような戦略を描き、新たなチャンスを掴んでいくのでしょうか。
この度、経済産業省 大臣官房 若手新政策プロジェクト PIVOTが執筆・作成した「デジタル経済レポート:データに飲み込まれる世界、聖域なきデジタル市場の生存戦略」(令和7年4月30日公開)をご紹介します。本レポートは、日本が直面している「デジタル敗戦」ともいうべき危機的状況に対し、警鐘を鳴らすものです。
データに飲み込まれる世界とデジタル赤字の危機
現代社会は、企業やサービスの付加価値がソフトウェアによって規定される「聖域なきデジタル市場時代」に突入しており、データにすべてを飲み込まれる世界(Data is Eating the World)が現実の競争環境として迫っています。サービス価値を規定するソフトウェアが売れないとハードウェアが売れず、データがなければ競争力が維持できません。
レポートでは、この国際市場と我が国産業のデジタル競争力の断絶が、国際収支の歪みとして現れる「デジタル赤字」に着目し、その構造問題を診断しています。デジタル赤字とは、著作権等使用料、通信サービス、コンピュータサービス、情報サービス、経営・コンサルティングサービスなどを含むデジタル関連収支の支払超過を示す用語です。
AI革命による壊滅的な予測
PIVOTは、デジタル赤字の構造分析を行うため、経営コンサルティング、アプリケーション、ミドルウェア/OS、SIなど8つの事業区分に細分化した独自の「PIVOTデジタル赤字推計モデル」を構築しました。
分析の結果、国内市場は低利益率・低成長率の労働集約型SI(システムインテグレーション)市場(約38%)が最大規模を占めますが、高利益率・高成長率の資本・知識集約型事業の市場シェアは軒並み外資に押さえられている現状が明らかになりました。
この構造が続くと、デジタル赤字は拡大の一途を辿り、2035年にはベースシナリオで約18兆円に達する見込みです。さらに、AI革命の影響や、ソフトウェアとハードウェアの主従逆転に伴うSDX(Software Defined Everything)化による貿易収支への浸食を考慮した悲観シナリオでは、ソフトウェア・データ由来の支払超過は最大で45.3兆円に到達する可能性があると推計されています。特に、聖域なきデジタル市場化は、日本の屋台骨である製造業をも破壊的に脅かすことが読み取れます。
デジタル敗戦を回避するための生存戦略
この危機を打破するため、レポートでは、我が国が参照すべきモデルとして、英国や韓国などが取る「国際市場進出型モデル」への移行が示唆されています。
短期的な戦略(STEP1)では、アプリケーションやミドルウェア/OSといった高利益率・高成長率事業を大規模に支援し、海外市場からの受取増加を目指します。この際、計算資源インフラの短期的な内資転換は非現実的であるため、「海外に対する計算資源インフラ支払<海外からの受取」の条件を満たすことが重要です。また、グローバル企業の戦略動向を分析する「ニブモデル」に基づき、アプリケーションサービス戦略、ソフトウェアチョーキング戦略などを実行することが求められています。
戦略実行においては、国内市場への依存(市場選択の誤り)や、資金・人材・データという3つの経営資源の相対的な不足、そしてソフトウェア・データカンパニーとしての経営戦略の不適合といった構造的なギャップを、経営者・投資家・政策担当者が一体となって解決していく必要があります。
レポートは、「飲み込む側に回るのか、飲み込まれる側に甘んじるか、我が国は最後の分水嶺に立っている」と結論づけ、官民一体となった戦略的なアクションの必要性を強く訴えています。
G20南アフリカ議長国によって招集された独立専門家委員会(ジョセフ・E・スティグリッツ氏ら主導)が、世界的な不平等の現状と対応策に関する報告書を公表しました。
報告書は、不平等が経済、社会、政治、環境における多くの問題を引き起こす「緊急の懸念事項」であると強調しています。そして、最も重要なメッセージは、「不平等は政策の選択の結果であり、対処は可能である」という点です。深刻な不平等の現状不平等の規模は深刻です。
世界人口の90%を占める国々の83%が高所得不平等(ジニ係数0.4以上)に分類されており、世界全体のジニ係数は0.61と非常に高い水準にあります。富の集中はさらに極端で、2000年から2024年の間に発生した新規富の41%を最も裕福な1%が獲得しました。一方、人類の下位半数(50%)が手にしたのはわずか1%に過ぎません。現在、世界の3,000人を超える億万長者の富は、世界のGDPの16%に相当しています。
この富の不平等は、所得の不平等よりもはるかに高い水準です。この極端な富の集中と並行して、世界人口の4分の1にあたる23億人が中程度または重度の食料不安に直面しており、これは2019年以降3億3500万人増加しています。多面的な悪影響不平等の極端なレベルは、様々な悪影響をもたらし、負の連鎖を悪化させます。
1. 民主主義と政治の腐食: 不平等は、制度への信頼を損ない、社会的な結束を崩壊させます。不平等の激しい国は、より平等な国よりも民主主義の侵食を経験する可能性が7倍高いという経験的証拠があります。
2. 経済活動と貧困削減の阻害: 所得の低い層が適切な教育や医療を受けられない結果、生産性が低下し、経済全体のパフォーマンスが悪化します。また、不平等は総需要を低下させます。
3. 気候変動への対応力の低下: 超富裕層の消費や投資パターンが生み出す過剰な炭素排出は気候変動に寄与しており、不平等が環境問題への対処能力を損なっています。
根底にある要因と解決策不平等の主な要因は、過去数十年にわたって採用されてきた政策選択にあります。市場所得の分配を悪化させたネオリベラル政策(金融市場の自由化、労働組合の弱体化、逆進的な税制への依存増加など)が、不平等を急増させました。また、富の不平等には強力な「勢い」があり、ほとんど非課税のまま世代を超えて受け継がれる相続によって強化されています。2023年には、起業家精神ではなく、相続を通じて新たに億万長者になった人が初めて多数を占めました。この負の傾向を逆転させるためには、国際的な協調と政策の変更が不可欠です。
報告書は、政策決定を支援し、不平等の傾向や要因に関する信頼できる評価を行うための新たな常設機関として、「国際不平等パネル(IPI)」の設立をG20に最優先で提言しています。これは、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)に触発された提案です。
英国の哲学者ウィリアム・マッカスキル(論文)「知能爆発への備え:大いなる課題」(2025年3月寄稿)は、最近のAIの進化が想像以上に速いことを教えてくれます。これは単なるSFだと傍観してよいのでしょうか?
マッカスキル氏は、AIの能力成長の現在の傾向は、私たちが遠い未来の話だと思っていた出来事を、今後10年以内に引き起こす可能性が高いと示唆されています。それは、数十年にわたる科学的・技術的な進歩がわずか数年や数ヶ月に圧縮される「知能爆発」です。
これは、10年間で1世紀分の進歩が起こるようなものであり、これにより人類の未来を大きく左右する一連の「グランドチャレンジ(GC)」が急速に発生します。
1 グランドチャレンジ:AI時代に立ちはだかる難問群
多くの方は、AIの最大の危険性は「AIが人類を乗っ取るリスク(アライメントの失敗)」だと考えがちです。確かにそれは重要ですが、専門家は「全か無か」ではない、もっと幅広い課題に備える必要があると警告しています。
この知能爆発が引き起こすGCは多岐にわたり、互いに影響し合います。
2 なぜ「今すぐ」準備が必要なのか
「超知能AIがアラインメントに成功すれば、これらの問題はAIが解決してくれるはずだ」と考えるかもしれません。しかし、そうではありません。
私たちが直面しているのは、「機会の窓が早く閉じてしまう」国際的なルールや制度を今すぐ作らなければ、勝者が決まった後では手遅れになります。
3 今、私たちができる準備
人類の意思決定能力や制度設計の速度は技術の加速に追いついていません。だからこそ、私たちは今すぐ準備を始める必要があります。
知能爆発は、人類の文明の方向性を決める「分岐点」です。未来がすべてAIに委ねられるわけではありません。私たちが今すぐ賢明で謙虚な準備を行うことが、人類の未来を大きく左右するのです。
インターネットを使って、海外商品を購入することを越境ECという。利用者は、自国では買えない海外の日用品や家電などを容易に買える。企業にとってもメリットは大きく、海外に進出しなくても海外の顧客が自社の通販サイトに買い物に来てくれるため、投資を抑えて拡販できる。経済産業省によれば、2019年における世界の越境ECの市場規模は18年見込み比約22%増の8,260億ドル(約90兆円)の見通しである。amazon.comや楽天などの大手インターネット通販をつうじ、日本のメーカーや小売りが越境ECのサービスを拡大している。訪日外国人が増加する日本では、外国人が日本の旅行中に商品を買うだけでなく、帰国後もネットで気に入った日本製品を買うことが増えている。(2019年2月18日日経)
上場企業の配当と自社株買いを合わせた株主還元は2018年度に15兆円超となった。予想純利益の半分が株主に還元された。本業から生まれる営業キャッシュフローは56.4兆円、設備投資やM&Aに投じた投資キャッシュフローは44.8兆円、その差額が累積して手元現金が106兆円になっている。一方、労働分配率は5年間で50%から44%へと低下している。欧米に比べ遅れているデジタル化を加速させるために、IoT、AI(人工知能)の学習など人材投資を今後増やす必要がある。(日経2019年1月19日より)

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