株式会社キザワ・アンド・カンパニー

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イノベーションに向けた人材投資


なぜスキルの高い日本の労働者の賃金が低いのか

東京大学教授の川口大司氏によると、2000~2017年の間、男女の時間当り賃金は実質で6.1%のマイナスであるという。このマイナスのうち4%は男性に比べ賃金の低い女性の労働参加率が上がったことが原因である。それではどれくらい男女賃金格差があるのだろうか。英国国立ウェールズ大学経営大学院東京校 小池裕子氏の論文「男女賃金格差の要因分解」によると、2007年時点で男女別所得金額は、それぞれ5,145千円、2,884千円であり、女性の男性に対する所得割合は56.1%である。米国の71.5%に比べかなり大きな格差である。

OECD成人コンピテンシーの国際評価プログラム(PIAAC)は、主要な情報処理スキル(識字率、計算能力、問題解決)における成人の習熟度を40以上の国/地域で調査している。このPIAAC試験における読解力で日本はOECD16ヶ国中、290点台のスコアでトップであるが、労働生産性は45米ドル近辺で下から2番目の15位にランクされている。一方、米国の読解力スコアは270点で労働生産性は68米ドルである。

以上のことから、日本の成人は他の先進国に比べ高いスキルを持つが、それを賃金に反映させていない。特に女性では顕著である。川口教授が提案するように人的資本を生かすには、子育て支援の不足解消、短時間有期雇用を誘導してしまう税制・社会保障制度の改正など女性活躍への政策的対応、女性に対する根強い性別役割、分業意識、差別的偏見を失くしていく取り組みが官民で求められている。

なぜ日本の労働者のエンゲージメントは低いのか

熱意をもって仕事に取り組む意欲をエンゲージメントという。米ギャラップが行ったエンゲージメント指数で日本は139ヶ国中132位というショッキングなデータが示されている。またパーソル研究所の「APAC就業実態・成長意識調査(2019年)(インド、中国、豪州、香港、韓国、シンガポール、台湾、韓国、日本の9ヶ国)では、現勤務先で継続して働きたい人の割合(50%)と転職意向のある人の割合(30%)で両割合とも最下位である。ちなみに中国はそれぞれ80%、40%である。日本経済新聞上級論説委員の西條都夫氏は2022年4月18日発行の朝刊で、そうした日本の労働者について「受け身の真面目さはあっても自発的に仕事に向き合う積極性に欠ける。自発的な挑戦、失敗から学ぶ、といった自己決定を重んじる風土をつくるべきである」と論じている。

なぜ人材投資が必要なのか

みずほリサーチ&テクノロジーズのリポートによると、日本の人への投資は官民ともに見劣りすることが分かる。民間企業の人的投資の国際比較(GDP)2010~2017年の平均値0.3%、公的な教育訓練投資支出額の国際比較(GDP対比)2010~2019年の平均値0.2%と極端に低いことが分かる。ちなみに米国はそれぞれ1.5%、0.3%である。英国、ドイツ、フランス、オーストラリアの民間企業の人的投資は2.0%、1.7%、1.5%、1.0%である。3~5倍の開きがあることになる。

米マサチューセッツ工科大学のデビッド・オーター教授らは、米国の18年の雇用者数のうち、1940年には存在していなかった職種が63%を占めているという調査結果を発表した。これは技術革新が進み経済構造が大きく変化したことを物語る。経済構造が変われば雇用の変化に対応するため人材投資が個人、組織、国家レベルで必要になる。

文部科学省の「科学技術指標2021」によれば、2018年度の人口100万人当たりの博士号取得者数は、日本が131人、米国は270人、韓国270人である。また注目度の高い科学技術論文の国際順位は1990年代前半3位だが2018年には10位となっている。やはり人材投資を怠ったつけを支払わされている。ISO30414(企業の人事マネジメント指針)では組織文化、後継者計画に踏み込むなど世界的に人材投資の標準化が進みつつある。

岸田政権は「新しい資本主義」の柱のひとつに人的資本を掲げている。政府は3年間で4,000億、100万人の能力開発に資金を投じる計画である。また内閣官房は人的資本の開示を進め、人的投資に積極的で有能な人材を多く抱える企業に投資資金が流れる仕組みづくりに着手している。また東京証券取引所も統合報告書の中で、人的資本への投資について開示を求める方向である。

人がビジネスモデルをつくりビジネスモデルが価値を生み出す

労働生産性は、GDPを就業者数で割った値である。企業経営レベルでは付加価値をいかに増やすかという問題である。そのために最近、DXへの投資を増加させることが喧伝させている。DX(デジタルトランスフォーメーション)の必要性からデジタル人材への需要と投資への関心が高まっている。しかし工学部で育成される純粋なITエンジニアを育成するのか、それとも既存の理工系、経済経営系などの分野に新しいIT技術を応用できる専門家を育成するのかはっきりしていない。純粋なITエンジニアであれば中国やインドに高度な日本語を話せるIT人材は豊富にいてリモートワーカーとして活用すれば十分である。ITシステムの開発受託の大手、インドのインフォシステクノロジーは、コロナ禍でほとんどの業務をリモートで提供、売上はむしろ増えている。

DXの象徴的な事例のひとつを見てみよう。書籍出版大手の講談社、集英社、小学館、商社の丸紅は、書店が一定期間、売れ残り書籍を返品できるという明治時代にできた委託販売制度の改革に挑戦している。年間4億冊発行、配本、販売される新刊本の返却率3~4割による年間2,000億円のムダを削減するために、人工知能(AI)を用いて精緻な需要分析を用いる。このテクノロジーは、Starbucks、Wall-martに導入実績のある米国テキサス州のo9 Solutions(オーナイン・ソリューションズ)の高精度の需給管理システムを導入する。DXの本質はAIなどデジタル技術の知識を獲得することではなく、AIを使って何ができるかを想像できるかどうか、革新的なビジネスモデルあるいはビジネスエコシステムを描けるかどうかである。

リーダー育成には「何を学ぶべきかを学ぶ」ことが必要

GAFAの経営陣は、コンピュータ科学、心理学、経営学を大学院で学んでいる。またドイツの大手企業の経営者の45%が博士号を取得している。大企業の役員、管理職に占める修士以上の割合は米国が62%、日本は6%と圧倒的に低い。米国の革新的なベンチャーを政府が支援するSBIR投資対象のスタートアップの代表者の74%が博士号を有している。

元富士通シニアフェローの宮田一雄氏は「ジョブ型時代の高度人材」と題する投稿でバブル経済の崩壊以降30年に及ぶ日本の停滞の原因は、役員、管理職の規範的判断力の不足にあると論じている。ここでいう規範的判断力とは、問題意識や価値観の異なる人々がオープンに議論し、エビデンスを基に結論を出していく能力である。複雑な社会課題の解決、共通善に向けた新たな価値づくりには、リベラルアーツ(哲学、倫理学、政治学、法学、経済学、社会学)を学ぶ必要がある。学問で身につく大局観や学び続ける習慣、科学的に人を説得する技術は経営者になる訓練として有効である。しかし日本は過剰な学歴批判によって大学院への評価が極めて低い。イノベーションには、今は存在しない仮説を立てて検証して一般的通用性を証明する必要がある。こうした知的訓練を受けていない人が日本の管理職や経営職に多いのが実態である。

経営幹部のリーダーシップは「7、2、1」の法則、つまり仕事での経験が7割、上司・先輩の薫陶が2割、研修が1割と言われている。しかしその研修内容がITを使った改善や効率化、コミュニケーション向上、部下の育成などのカリキュラムであるとしたら焦点がぼけている。日本の企業が実施すべき研修は、自社のビジネスモデルの変革する能力、新しい価値を生み出す能力に焦点を合わせるべきである。少なくとも5年、製造業では10年は既存のビジネスモデルの中で、知識と経験を有するべきである。そして既存のビジネスモデルに対して変革のビジョンが描けなければならない。既存のビジネスモデルを磨くことにエネルギーを向けるよりもむしろ、既存のビジネスモデルの変革あるいは新規のビジネスモデルの生成にそそぐべきである。

2020年のOECD加盟国の時間当りの労働生産性(就業時間当りの付加価値)は49.5米ドルで米国の80ドルに比べ62%である。しかし成人コンピテンシーの国際評価プログラム(PIAAC)でトップであることを考えれば、学習の基礎はすでにある。特にリーダー候補人材は少なくとも現場の知識も旺盛であり、問題意識は高いはずである。最も不足するのはビジネスモデルの改革に必要な知識とリベラルアーツである。前者はスキルセットとしてスタンダード化しており、実践に適用することで身に着けることが可能である。後者は、職業人生をつうじて読書や外部研修などをつうじて自力で学習するしかない。少なくとも「何を学ぶべきかを学ぶ」ことをリーダー研修の中で行うべきである。なぜならば学習は好奇心と問いから始まるからである。

挑戦を奨励し、失敗から学ぶ文化をつくることが必要

米国のベンチャー起業家、GAFAM企業、欧米大企業の経営幹部のように修士、博士号を持つ人材を、社内で取り込むために人材を育成、あるいは獲得できる会社はごく少数であろう。またそうした高度人材を海外から採用するにしても、人事制度や組織風土の大きな改革を避けて通れない。

イノベーションに詳しいヘンリーチェスブロウ、ロン・アドナーら多くの経営学者が指摘するとおり、イノベーションが当初計画どおりにいく確率は米国で10~20%と言われる。要するに80~90%は失敗する。またベンチャー企業に至っては数%もないのが現実である。やみくもに数を増やせばよいわけではないが、そもそも挑戦できる環境がなければイノベーションは起こらない。失敗を許さないで、挑戦しろというのは論理的破綻である。挑戦を押し付ければエンゲージメントの低い社員を量産するだけに終わるであろう。

挑戦を奨励し、失敗から学ぶ文化をつくることが必要である。こうした企業文化の変革は経営トップの仕事である。「失敗学」で有名な畑村教授が指摘するように、日本経済停滞の根本原因は、バブル崩壊以降、熟成された失敗を許さない日本の文化にあるのようである。

成功の確率を上げるには、風雪に耐えた経営理論、方法論、道具(ツールセット)をしっかりと実践をつうじて学ぶ必要がある。こうした実践にもとづく学習を経営トップに寄り添いながらサポートするのが経営理論と実践の経験を有する経営コンサルタントの社会的な役割である。

以上

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