株式会社キザワ・アンド・カンパニー

株式会社キザワアンドカンパニー

What if 質問の底力


イノベーションの出発点は、私たちのパラダイム(物事を見る思考の枠組み)に疑問を投げかけることである。ジョエル・バーカーやピーター・F・ドラッカーなど多くの識者がこの重要性について指摘してきたことだ。

アレキサンダー・オスターワルダーらの著書「Business Model Generation」ではWhat if (もし・・・だったら)質問の好例を紹介している。

もし家具を買う人が広大な倉庫にある梱包ケースに収納された部品を取り出し、自分の家でそれらを組み立てるとしたら、どうだろうか?
今日では当り前のこととなっているが、IKEAが1960年代にこうしたコンセプトを導入するまで考えもつかなかった。
もし航空機のエンジンを購入しない航空会社があるとしたら、どうだろうか?
実はエンジンの稼働時間に応じておカネが支払われている。かつておカネを垂れ流す英国の製造会社だったRolls-Royceが、今日、世界第2位のジェットエンジンサプライヤーに自己変革できたのは、このWhat if質問がスタート地点になっている。
もし国際電話を無料にしたら、どうだろうか?
2003年、Skypeはインターネット経由の音声通話サービスを無料で提供するサービスを導入した。その5年後、Skypeは1,000億回の無料電話をする4億人の登録ユーザーを獲得した。
もし自動車メーカーがクルマを販売せず、移動サービスを提供したら、どうだろうか?
2008年、DaimlerはCar2goというサービスをドイツのウルム市で商業化テストを行った。ちなみにCar2goの乗用車のユーザーは、その都市の範囲内であれば、どこでもピックアップし乗り捨てることができる。ユーザーは移動サービスに対して分単位で料金を支払う。
もし銀行からおカネを借りないで個人どうしでおカネを貸し借りするとしたら、どうだろうか?
2005年、イギリスに本拠をもつZopaはP2Pのインターネット上の融資プラットフォームを市場投入した。
もしバングラディシュのすべて村人が電話にアクセスするとしたら、どうだろうか?
これはGrameenphoneがマイクロファイナンス機関であるGrameen Bankとパートナーシップをもとに実行し始めたことだ。当時、バングラディシュは依然として世界の中で最低の通信密度だった。今日、Grameenphoneはバングラディシュ最大の納税者である。

オスターワルダーらによれば、私たちが、しばしば革新的なビジネスモデルを概念化する際に大きな困難に直面するのは、私たちの思考が現在の状況によって引き戻されてしまうからであると指摘する。現在の状況は私たちの想像力を抑え込んでしまう。この問題を克服するひとつの方法は、当たり前の仮定にWhat if(もし~だったら?)という質問をぶつけてみることである。

ビジネスモデルの素材が適切であれば、私たちが不可能だと考えることがすぐにでも実行可能なものになるかもしれない。What if質問は、私たちを現在のビジネスモデルによって押し付けられている制約条件から解き放ってくれる。

What if質問は私たちを刺激し私たちの思考に挑戦するものでなければならない。またWhat if質問は、興味をかきたてるが実行が難しい前提条件のように私たちの心をかき乱すものでなければならない。

AIなど破壊的なテクノロジーが急速にかつグローバルに広がり、低コストで利用できる世の中になっている。革新的なビジネスモデルを生成するための一番の近道は、バカバカしいと思われがちなWhat if 質問を臆さず、小学生になった感覚で、できるだけ多く投じることかもしれない。

ママ、もし・・・だったら、どうかな?

イノベーションに向けた人材投資


なぜスキルの高い日本の労働者の賃金が低いのか

東京大学教授の川口大司氏によると、2000~2017年の間、男女の時間当り賃金は実質で6.1%のマイナスであるという。このマイナスのうち4%は男性に比べ賃金の低い女性の労働参加率が上がったことが原因である。それではどれくらい男女賃金格差があるのだろうか。英国国立ウェールズ大学経営大学院東京校 小池裕子氏の論文「男女賃金格差の要因分解」によると、2007年時点で男女別所得金額は、それぞれ5,145千円、2,884千円であり、女性の男性に対する所得割合は56.1%である。米国の71.5%に比べかなり大きな格差である。

OECD成人コンピテンシーの国際評価プログラム(PIAAC)は、主要な情報処理スキル(識字率、計算能力、問題解決)における成人の習熟度を40以上の国/地域で調査している。このPIAAC試験における読解力で日本はOECD16ヶ国中、290点台のスコアでトップであるが、労働生産性は45米ドル近辺で下から2番目の15位にランクされている。一方、米国の読解力スコアは270点で労働生産性は68米ドルである。

以上のことから、日本の成人は他の先進国に比べ高いスキルを持つが、それを賃金に反映させていない。特に女性では顕著である。川口教授が提案するように人的資本を生かすには、子育て支援の不足解消、短時間有期雇用を誘導してしまう税制・社会保障制度の改正など女性活躍への政策的対応、女性に対する根強い性別役割、分業意識、差別的偏見を失くしていく取り組みが官民で求められている。

なぜ日本の労働者のエンゲージメントは低いのか

熱意をもって仕事に取り組む意欲をエンゲージメントという。米ギャラップが行ったエンゲージメント指数で日本は139ヶ国中132位というショッキングなデータが示されている。またパーソル研究所の「APAC就業実態・成長意識調査(2019年)(インド、中国、豪州、香港、韓国、シンガポール、台湾、韓国、日本の9ヶ国)では、現勤務先で継続して働きたい人の割合(50%)と転職意向のある人の割合(30%)で両割合とも最下位である。ちなみに中国はそれぞれ80%、40%である。日本経済新聞上級論説委員の西條都夫氏は2022年4月18日発行の朝刊で、そうした日本の労働者について「受け身の真面目さはあっても自発的に仕事に向き合う積極性に欠ける。自発的な挑戦、失敗から学ぶ、といった自己決定を重んじる風土をつくるべきである」と論じている。

なぜ人材投資が必要なのか

みずほリサーチ&テクノロジーズのリポートによると、日本の人への投資は官民ともに見劣りすることが分かる。民間企業の人的投資の国際比較(GDP)2010~2017年の平均値0.3%、公的な教育訓練投資支出額の国際比較(GDP対比)2010~2019年の平均値0.2%と極端に低いことが分かる。ちなみに米国はそれぞれ1.5%、0.3%である。英国、ドイツ、フランス、オーストラリアの民間企業の人的投資は2.0%、1.7%、1.5%、1.0%である。3~5倍の開きがあることになる。

米マサチューセッツ工科大学のデビッド・オーター教授らは、米国の18年の雇用者数のうち、1940年には存在していなかった職種が63%を占めているという調査結果を発表した。これは技術革新が進み経済構造が大きく変化したことを物語る。経済構造が変われば雇用の変化に対応するため人材投資が個人、組織、国家レベルで必要になる。

文部科学省の「科学技術指標2021」によれば、2018年度の人口100万人当たりの博士号取得者数は、日本が131人、米国は270人、韓国270人である。また注目度の高い科学技術論文の国際順位は1990年代前半3位だが2018年には10位となっている。やはり人材投資を怠ったつけを支払わされている。ISO30414(企業の人事マネジメント指針)では組織文化、後継者計画に踏み込むなど世界的に人材投資の標準化が進みつつある。

岸田政権は「新しい資本主義」の柱のひとつに人的資本を掲げている。政府は3年間で4,000億、100万人の能力開発に資金を投じる計画である。また内閣官房は人的資本の開示を進め、人的投資に積極的で有能な人材を多く抱える企業に投資資金が流れる仕組みづくりに着手している。また東京証券取引所も統合報告書の中で、人的資本への投資について開示を求める方向である。

人がビジネスモデルをつくりビジネスモデルが価値を生み出す

労働生産性は、GDPを就業者数で割った値である。企業経営レベルでは付加価値をいかに増やすかという問題である。そのために最近、DXへの投資を増加させることが喧伝させている。DX(デジタルトランスフォーメーション)の必要性からデジタル人材への需要と投資への関心が高まっている。しかし工学部で育成される純粋なITエンジニアを育成するのか、それとも既存の理工系、経済経営系などの分野に新しいIT技術を応用できる専門家を育成するのかはっきりしていない。純粋なITエンジニアであれば中国やインドに高度な日本語を話せるIT人材は豊富にいてリモートワーカーとして活用すれば十分である。ITシステムの開発受託の大手、インドのインフォシステクノロジーは、コロナ禍でほとんどの業務をリモートで提供、売上はむしろ増えている。

DXの象徴的な事例のひとつを見てみよう。書籍出版大手の講談社、集英社、小学館、商社の丸紅は、書店が一定期間、売れ残り書籍を返品できるという明治時代にできた委託販売制度の改革に挑戦している。年間4億冊発行、配本、販売される新刊本の返却率3~4割による年間2,000億円のムダを削減するために、人工知能(AI)を用いて精緻な需要分析を用いる。このテクノロジーは、Starbucks、Wall-martに導入実績のある米国テキサス州のo9 Solutions(オーナイン・ソリューションズ)の高精度の需給管理システムを導入する。DXの本質はAIなどデジタル技術の知識を獲得することではなく、AIを使って何ができるかを想像できるかどうか、革新的なビジネスモデルあるいはビジネスエコシステムを描けるかどうかである。

リーダー育成には「何を学ぶべきかを学ぶ」ことが必要

GAFAの経営陣は、コンピュータ科学、心理学、経営学を大学院で学んでいる。またドイツの大手企業の経営者の45%が博士号を取得している。大企業の役員、管理職に占める修士以上の割合は米国が62%、日本は6%と圧倒的に低い。米国の革新的なベンチャーを政府が支援するSBIR投資対象のスタートアップの代表者の74%が博士号を有している。

元富士通シニアフェローの宮田一雄氏は「ジョブ型時代の高度人材」と題する投稿でバブル経済の崩壊以降30年に及ぶ日本の停滞の原因は、役員、管理職の規範的判断力の不足にあると論じている。ここでいう規範的判断力とは、問題意識や価値観の異なる人々がオープンに議論し、エビデンスを基に結論を出していく能力である。複雑な社会課題の解決、共通善に向けた新たな価値づくりには、リベラルアーツ(哲学、倫理学、政治学、法学、経済学、社会学)を学ぶ必要がある。学問で身につく大局観や学び続ける習慣、科学的に人を説得する技術は経営者になる訓練として有効である。しかし日本は過剰な学歴批判によって大学院への評価が極めて低い。イノベーションには、今は存在しない仮説を立てて検証して一般的通用性を証明する必要がある。こうした知的訓練を受けていない人が日本の管理職や経営職に多いのが実態である。

経営幹部のリーダーシップは「7、2、1」の法則、つまり仕事での経験が7割、上司・先輩の薫陶が2割、研修が1割と言われている。しかしその研修内容がITを使った改善や効率化、コミュニケーション向上、部下の育成などのカリキュラムであるとしたら焦点がぼけている。日本の企業が実施すべき研修は、自社のビジネスモデルの変革する能力、新しい価値を生み出す能力に焦点を合わせるべきである。少なくとも5年、製造業では10年は既存のビジネスモデルの中で、知識と経験を有するべきである。そして既存のビジネスモデルに対して変革のビジョンが描けなければならない。既存のビジネスモデルを磨くことにエネルギーを向けるよりもむしろ、既存のビジネスモデルの変革あるいは新規のビジネスモデルの生成にそそぐべきである。

2020年のOECD加盟国の時間当りの労働生産性(就業時間当りの付加価値)は49.5米ドルで米国の80ドルに比べ62%である。しかし成人コンピテンシーの国際評価プログラム(PIAAC)でトップであることを考えれば、学習の基礎はすでにある。特にリーダー候補人材は少なくとも現場の知識も旺盛であり、問題意識は高いはずである。最も不足するのはビジネスモデルの改革に必要な知識とリベラルアーツである。前者はスキルセットとしてスタンダード化しており、実践に適用することで身に着けることが可能である。後者は、職業人生をつうじて読書や外部研修などをつうじて自力で学習するしかない。少なくとも「何を学ぶべきかを学ぶ」ことをリーダー研修の中で行うべきである。なぜならば学習は好奇心と問いから始まるからである。

挑戦を奨励し、失敗から学ぶ文化をつくることが必要

米国のベンチャー起業家、GAFAM企業、欧米大企業の経営幹部のように修士、博士号を持つ人材を、社内で取り込むために人材を育成、あるいは獲得できる会社はごく少数であろう。またそうした高度人材を海外から採用するにしても、人事制度や組織風土の大きな改革を避けて通れない。

イノベーションに詳しいヘンリーチェスブロウ、ロン・アドナーら多くの経営学者が指摘するとおり、イノベーションが当初計画どおりにいく確率は米国で10~20%と言われる。要するに80~90%は失敗する。またベンチャー企業に至っては数%もないのが現実である。やみくもに数を増やせばよいわけではないが、そもそも挑戦できる環境がなければイノベーションは起こらない。失敗を許さないで、挑戦しろというのは論理的破綻である。挑戦を押し付ければエンゲージメントの低い社員を量産するだけに終わるであろう。

挑戦を奨励し、失敗から学ぶ文化をつくることが必要である。こうした企業文化の変革は経営トップの仕事である。「失敗学」で有名な畑村教授が指摘するように、日本経済停滞の根本原因は、バブル崩壊以降、熟成された失敗を許さない日本の文化にあるのようである。

成功の確率を上げるには、風雪に耐えた経営理論、方法論、道具(ツールセット)をしっかりと実践をつうじて学ぶ必要がある。こうした実践にもとづく学習を経営トップに寄り添いながらサポートするのが経営理論と実践の経験を有する経営コンサルタントの社会的な役割である。

以上

加速するビジネスモデルのオープン化


大多数のトップエグゼクティブは、自社の経営資源を活かしてイノベーションを実現することは経営戦略上の重要課題であると認識している。しかしながら、それには大変な困難が付きまとう。それは、イノベーションを実現するための組織能力が不十分であるからである。求められる能力とは、つぎ6つである。

  • パラダイムシフト
  • 両利きスキル
  • イノベーションのスキル
  • 異文化理解力
  • テクノロジー・アイデアの探索力
  • ビジネス人脈の探索力

オープンイノベーションの車輪

図は、6つの組織能力の関係を車輪で示している。まず、トップエグゼクティブはイノベーションを起こすために必要な新たなパラダイムを受け入れる必要がある。パラダイムとは、価値観、信条、方針、組織文化、伝統、制度、規則、行動パターン、習慣を含み、無意識にあるものも含めた広い概念である。指数関数的に加速する技術革新、製品ライフサイクルの短縮化により、アイデアやテクノロジーの創造、選択、開発、商業化といったイノベーションのプロセスが、アンバンドリングしつつあるのだ。そのため、ビジネスモデルをオープン化していかなければ、あるいはオープンイノベーションに取り組まなければ、成長は望めない。パラダイムは車輪の車軸に相当する。車軸がぶれると安全に走行できないように、新たなパラダイムに移行できなければ、イノベーションを起こすことは難しい。

また、トップエグゼクティブはイノベーションを生み出すためのスキルと両利き経営のスキルを身に着けて行動に移す必要がある。これまで多くの研究者が豊富な事例研究をつうじイノベーションを生み出す基本原理、方法論、ツールが開発されてきた。イノベーションスキルとは、これらを理解し使いこなせる能力である。トップエグゼクティブは、基本原理を理解したうえで、方法論(フレームワーク)に基づいて適切な問いを立てることによって、課題を的確に設定することができる。また適切なツールに基づいて、そうした課題を解決するアイデアを生み出すことができる。

一方、「両利き」とはAかBかという二律背反に陥るのではなく、AとBの両方を満足する能力のことである。両利き経営とは、既存事業を深化すると同時に、新規事業を探索するための経営手法である。イノベーションスキルと両利き経営スキルの2つのスキルを土台にして、イノベーション戦略を立案し、それを実行するための環境をクライアント組織の内部につくることが可能になる。

さらに、探求すべき2つのターゲットがある。それは、新たな知識と新たなビジネスの人脈である。多くの企業は既存事業を維持することに、これまで長い時間と多大な経営資源を投下してきた。その結果、既存事業の属する業界内の知識、ビジネス人脈を豊富に有し、既存のビジネスエコシステムに深く組み込まれてきた。歴史があり成功を収めてきた企業ほど、既存ビジネスに過剰適応するといった「成功の罠」に陥りやすい。異質なものへ猜疑心が強く、変化を好まない傾向がある。そのため、新たな知識と新たなビジネスの人脈を探索することが容易ではない。

AIの実装によって加速されるデジタル革命と脱炭素社会に向けた緑の革命により、学際的および異なる業界間で多くのイノベーションが起こりつつある。同時に、いくつかのイノベーションが効果的に組み合わされ新たなビジネスエコシステムが形成されつつある。もはや自社の組織内部、自社が属する業界の内部に閉じこもっていては、イノベーションを起こすことはできない。1990年代以降、米国大学の改革を機に、世界の優秀な人材が必要的な最先端の科学技術を学び、母国にもどってイノベーションに取り組んできた。それが2000年代のグローバル経済の成長に大きく貢献した。有用なアイデアやテクノロジーは、高速かつ広範囲に世界に浸透している。世界中で、大組織で働くビジネスパーソン、起業家、大学の研究者など創造性の豊かな人材がGitHubやLinkedInなどビジネスコミュニテー向けSNSなどで「弱いつながり(weak ties)」ではあるが、広範なネットワークが形成されつつある。この弱いつながりは企業組織の境界内の強いつながりよりも、イノベーションにとって有利に働くことが知られている。ビジネスモデルをオープン化し、イノベーションの機会を増やすためにも、我々は、国内の利害関係者だけでなく、さまざまな業界、さまざまなビジネス様式、海外の企業や政府、大学、研究機関と幅広く交流する必要がある。

これまで多くの企業が海外展開を図ってきたが、その多くは工場建設や販売拠点の設置など既存事業の拡張が中心であった。今日、同一業界種内での競争がメインであった状況から、異業種または新業種との競争へと変わりつつある。その結果、新たなビジネスエコシステムがつぎからつぎへと生まれている。新しい知識と新しいビジネス人脈を探索し、新たなビジネスエコシステムで覇権をとるか、または生存領域を確保しなければならない。これまで以上に戦略的パートナーシップの構築が求められているのである。パートナーシップは信頼に基づく。交流の幅を広げ、信頼関係をつくるためには、高次元の異文化理解力が必要である。

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イノベーションの二次市場


「オープンイノベーション」とともに「イノベーションの二次市場」という概念を最初に打ち出したのは、チェスブロウ教授である。主に、テクノロジーの利用・共用・提供(ライセンシング)または売買のように、その対象を特許化されるか、または文書化(形式化)が可能な知的財産権の取引市場を想定している。筆者は、イノベーションの二次市場を、「ビジネスモデルのオープン化に必要なアイデアとテクノロジーの取引を仲介する場である」と定義することによって、ビジネスをオープン化するための戦略的な選択肢を広げることができると考えている。

そもそもプロセスはアイデアとテクノロジーの束からなる。アイデアとテクノロジーは、特許、意匠、著作権、商標など知的財産権として、文書化し登録し、公開を前提に法的に保護する場合もあるが、営業秘密のように敢えて秘匿する場合もある。比較的、製品に使用されるテクノロジーは、その革新的な機能を図解や説明によって構造と原理を説明しやすい。しかし、製造プロセスに使用されるテクノロジーの移転には、ノウハウや経験など暗黙知化されている部分が大きく、製造設備に体化されている部分も多いため、かなりの時間とコストがかかる。

ビジネスモデルのオープン化には、形式知化または標準化できるアイデアやテクノロジーだけでなく、ノウハウや経験など暗黙知化または標準化が難しいアイデアやテクノロジーも視野に入れるべきであるし、実際にそのように行われている。スタートアップ企業へ大企業が出資するのは、単純に個別のテクノロジーにアクセスする機会を得ることではなく、そのテクノロジーを顧客価値へと結びつけ商業化しているか、その可能性が高いビジネスモデルに価値を置いているからである。

市場というと、株式市場や不動産市場のように情報の非対称性が小さい市場を想像してしまうが、イノベーションの二次市場は、情報の非対称性が極めて大きいため、通常、守秘義務契約を結んだうえで、直接当事者間で、相対交渉で行われる。二次市場の取引形態と仲介者は、つぎの通りである。

二次市場の取引形態:

  • 破綻企業のパテントオークション
  • 共同開発、技術の売買(アウト・ライセンシングまたはイン・ライセンシング)
  • ベンチャー出資、スピンオフ
  • 技術・資本提携、M&A(敵対的TOBも含む)

二次市場の仲介者(エージェント):

  • パテント仲介事業を行う特許事務所
  • 産学連携を担当する大学教授(ソート・リーダー)
  • 公的な産学連携機関
  • 経営コンサルタント
  • 商社(日本独特の事業形態でマーチャントバンク)
  • 投資銀行
  • ベンチャーキャピタル
  • プライベートエクィティ
  • ビジネスブローカー
  • エンジェル投資家

このようにイノーベーションの二次市場を拡大解釈することによって、知的財産権の利活用だけでなく、工場のライン(継続的改善によるノウハウが体化されている)やブランド(顧客が心に抱く企業や製品サービスに対するイメージ)にもビジネスのオープン化を進める機会を認識できるようになるのではないかと考えている。テクノロジーとマーケットには、不確実性とライフサイクル(栄華盛衰)が常に同伴する。両者をマッチングさせる仲介者の役割はますます大きくなるであろう。

脱炭素に向けた投資と炭素税の導入


衆議院選挙投票日の10月31日から11月12日までグラスゴーで気候変動枠組条約締約国会議(COP26)がスタートします。

再生可能エネルギーへの投資拡大が急務になっています。ノルウェーの調査会社ライスタッド・エナジーの推計によりますと、50年までに温暖化ガス排出量を実質ゼロにするとい脱炭素の目標を達成するには、再生エネの投資額を、今後10年間にこれまでの4倍(1,900兆円)にし、化石燃料の減少分を埋めなければならないとのことです。化石燃料の減少が速すぎても供給不足を招きます。

欧州や中国でエネルギー危機が相次ぐなか、移行期の需給コントロールが課題として急浮上しています。これは国際中央決済銀行(BIS)が昨年1月に公表した中央銀行と気候変動時代の金融の安定性に関する提言書「グリーンスワン」で移行期のマネジメントリスクを指摘していましたが、まさに現実のものとなっています。

30年以上にわたり、地球温暖化の分野で幅広い研究をしているイェール大学経済学部教授のウィリアム・ノードハウスは、著書の「気候カジノ‐経済学から見た地球温暖化問題の最適解」中で、今日実行可能な3つのステップを提唱しています。

  1. 地球温暖化が人間界と自然界に与える影響の大きさを理解し、米中印を含む世界の大多数受け入れなければならない。
  2. 政府は、二酸化炭素やその他の温室効果ガスの価格を引き上げる政策を打ち出さなければならない。
  3. 政府と民間は、低炭素、ゼロ炭素、さらには減炭素技術について徹底的に研究を進めなければならない。

COP26では、社会的共通資本の概念化した京都大学の故宇沢弘文経済学教授が世界に先駆けて提唱していた炭素税の導入について真剣な議論を期待しています。

DX時代におけるシステム・ダイナミクスの位置づけ


GDPは、労働人口×一人当たり付加価値額である。移民の受入に消極的な我が国の労働人口は確実に減少に向かう。また、一人当たり付加価値額(生産性)は、2020年には韓国に追い抜かれた。今後、労働人口の減少速度を生産性の伸び率を上回るようにできなければ、今現在のGDPを維持することすらできない状況にある。生産性をいかに高めるかが、我が国の重要課題になりつつある。その打ち手として、破壊的テクノロジーと言われるAI(人工知能)に期待が寄せられている。その破壊的な意味が実感できないのは当然にしても、AIをいかに活用できるかに企業経営だけでなく、将来の日本全体の浮沈を左右することは確実である。

昨今、AIがあらゆる経済活動または社会生活の中に浸透しつつある。世界で500億台のデバイスにセンサーが付き、次世代通信規格5Gが急速に普及することが数年以内に実現する。通信速度と計算速度の飛躍的な向上によってビッグデータを活用したAIの性能が、すでに熟練者を超えるレベルまで向上した。自動車、ドローン、航空機の完全自動運転はもとより、製造工場における加工組立作業から腹腔鏡(内視鏡)手術まで行うスマートロボット(Smart Robbot)が登場しつつある。また、AIによる自動文章作成を可能にするGPT3が登場し、新聞記事や簡単な報告書を執筆できるレベルに到達した。これまでは、繰り返し作業を自動化するAIからより創造的かつ難しい判断をともなう業務まで担えるまでAIは進化しつつある。間違いなく言えることは、囲碁、自動運転、外科手術など高度な知能を要求されている分野で、人間の知能レベルをAIが完全に超えてしまったということである。

ところで、現場で活躍する歯科治療の予約、製造・生産管理システムにおける受発注、生産指示、在庫管理から、株式市場、パンデミック、気候、人体の新陳代謝に至るまでのすべての活動を支えるのがシステムである。これまで人類は、経済社会的な目的を達成するためにシステムの振る舞いを意図的にコントロールしようとしてきた。あらゆるシステムは基本的にフロー、プロセス、ストックの3つで成り立つ。これら基本要素の振る舞いを数値指標で把握し、システム全体が効率的に希少な資源ストックの最適配分(最適化)を実現できるようにコントロールする。生態系、気候など自然は人間を一切介在せずにシステムをコントロールしてきた。人類は、AI、IoT(internet of things)、各種センサーの3つの技術を手に入れた。これらの技術をシステムに実装することで、いままで人間の知能では認識できなかったムダ(非効率)を可視化し、自動化し、システムを飛躍的に向上させることが可能になった。

ただ、留意すべきは、こうした3つの基礎技術を局所的に導入することによって一部プロセスの改善はできても、全体最適には至らないという事実である。全体最適に至らなければ、局所的な改善効果が逆にシステム全体のアウトプット(目的)から遠ざかってしまう。こうした人間が陥りやすい思考のワナの一つとして、多くの学者、経営コンサルタント(ジェイフォレスター、ジョン・D・スターマンらが体系化したシステムダイナミクス、その理論を組織学習に応用したピーターセンゲら、そして制約条件の理論(TOC)をマネジメントの世界に導入したエリヤフ・ゴールドラットら)は、「部分最適なワナ」と名付けた。

やむくもにDX(デジタルトランスフォーメーション)の掛け声のもとに、3つの基礎技術をシステムに実装して、システム全体の改善または新規開発を図ると、間違いなくこの「部分最適なワナ」に陥ってしまう。これを回避するうえで、必須となる学問がシステム・ダイナミクス(System Dynamics ; SD)である。

システム・ダイナミクス(以下、SDという)は、複雑なシステムにおいて学習効果を高める手法である。航空会社がパイロットの訓練にフライト・シミュレーターを使うのと同じように、SDは、ダイナミック(動的)な複雑性について学習し、システムの抵抗の源を理解し、より効果的な施策を立てられるようにするためのマネジメント・フライト・シミュレーターを開発する手法といえる。

SDは、数学、物理学、工学で開発されたフィードバック制御や非線形ダイナミクスの理論など物理や技術の分野だけでなく、認知心理学、社会心理学、経済学をはじめとする社会科学の知見も活用している。企業経営は、複雑で動的なシステムを管理することである。組織成員は、そうしたシステムの中で毎日仕事をしている。組織学習を促進するためには、①難題の性質について我々が持っているメンタル・モデルを引き出し、視覚的に表現できるツール、②我々のメンタル・モデルを吟味し、新たに施策を立て直し、新たなスキルを実践するような形式モデルとシミュレーション手法、③科学的推論のスキルを磨き、グループ・プロセスを改善し、個人やチームによく起こる習慣的な防御的行動を克服する手法が必要である。

我々はDX時代を本格的に迎える中で、単に業務プロセスのデジタル化を図るという視点ではなく、全体最適なシステムを設計するために、システム・ダイナミクスを活用しなくてはならない。

4つの愛


アフガニスタンにおける20年に及ぶ米国の戦争が終わりました。正義とは何か、それは哲学的な問いですが、改めて考えこんでしまいます。

作家でカトリック教徒の曽野綾子さんが以前にエッセイの中で書いていた「4つの愛」について手帳にメモをとっていたことをふと思い出しました。もともと愛を4つに分類したのは古代ギリシャ哲学が始まりだったそうです。経営コンサルタントは、切り口を発見するが職業癖になっていて、なかなかいい切り口だなと感心したのを覚えています。

4つの愛とは、つぎの4つです。

  • フィリア(Philia):忠実な友人の間に働く愛(A,X)
  • アガペ(Agape):挫かれることのない慈悲と善意の愛(A,Y)
  • エロース(Eros):愛することが自らの幸福感に直結する愛(B,X)
  • ストルゲー(Storge):親子がお互いに抱き合う愛(B,Y)

この4つの愛は、意図的努力と報酬という2つの軸でマトリックス化できるそうです。( )内のアルファベットの意味は以下のとおりです。

愛という心情に至るのに意図的な努力が必要な場合:A

愛という心情に至るのに意図的な努力が必要でない場合:B

愛することの報いを求める場合:X

愛することの報いを求めない場合:Y

もう少しわかりやすく説明すると、以下のようになります。

フィリア(Philia):共通の価値観を確認するなど多少の努力を要するが、友情の心地よさという果実を得られる。

アガペ(Agape):敵をも赦す包容力なので理性と努力が必要で、しかも見返りを求めない。

エロース(Eros):典型的には男女間の恋愛感情で自然に湧き出る。しかし、相手の応答と自らの満足を求める。

ストルゲー(Storge)自然に湧き出るわが子への情愛だが、見返りを求めない無上の愛。

ガンジー、ネルソンマンデラ、キング牧師といった偉人達は、アガペの必要性を訴え社会を変革しました。しかし、理性を働かせ、見返りを求めない努力が必要なアガペを実現するのは、非常に困難であることを歴史は教えています。古代ギリシャの哲学者もきっと「正義とは何か」を考えていたのではないかと思います。

クローズドイノベーションからオープンイノベーションへ


多くの日本企業は、オープンイノベーションの本質的な意義を理解していないように思われる。

ハーバード大学のヘンリーチェスブロー教授は、著書「オープンイノベーション」の中で、1990年代に米国で実際に起こっていた知的財産に関する価値観、マクロ、ミクロにおける大きな変化について書いている。AT&T、ゼロックス、IBMなどの超優良大企業にとって屋台骨を揺るがす変化であった。

それから20年近くの時間が経過した。やっと、日本でも本格的にオープンイノベーションに取り組もうとする企業が現れてきた。しかし、大半の企業経営者は、オープンイノベーションを知財管理のひとつの手法のように捉えられている傾向が強い。ライセンスインやライセンスアウトによる特許の活用、産学官の共同開発の進め方、技術公募のノウハウといった、どちらかといえば手段について書かれた文献が多い。もちろん、こうした手法はオープンイノベーションにとって重要である。しかし、オープンイノベーションは単なる手法ではなく、ヘンリーチェスブロー教授が主張しているとおり、ビジネスモデルの変革および新規開発、そして自社の存立基盤となるビジネスエコシステムの再構築また企業文化の変革にかかわるきわめて戦略的要素の強いテーマである。

オープンイノベーションの推進力は、コンピュータの計算速度の高速化と爆発的なデータの増加である。これにより、①革新的な科学的発見が加速度的に生じたこと、そして、②知識の専門分化が急速に進み、複雑性が増したこと、③それらに呼応して研究開発の規模の経済性が大きくなったこと、④最先端の技術や知識を持つ研究者やエンジニアの流動性が高まったこと、⑤ベンチャーキャピタルの投資規模が大きくなったことなど様々な要因が重なって起こっている。これら要素が相互作用しながらオープンイノベーションの機会がグローバルベースで増加しつつある。

知識集約産業の一つである医薬品業界、IT業界は過去20年の間に世界的な合従連衡が進んだ。この背景には技術革新が急速に進み、1社単独、日本企業連合では抗しきれない知識獲得の競争があった。大規模の企業再編やM&Aの背景があった。昨今ではAI(人工知能)が破壊的な技術として、GAFA、ソフトバンクを中心に激しい競争が生じている。

今後、同様の変化が自動車、エネルギー、化学、機械などの業界に広がると思われる。こうした変化は、ビジネスエコシステムの大きな変化、すなわちマクロ視点でいえば産業構造の大きな変化につながる。

1990年代以降の日本企業の経営者のパラダイムは陳腐化、日本企業組織を支える終身雇用および年功序列、メンバーシップ型人事評価制度、消極的な人材投資、集団的合意による意思決定システム、男性内部昇進者で固める取締役会などの企業統治システムは急速に破綻しつつある。

我が国の相対的な国力は、先進国の中で下位に落ち込んでいる。戦略立案遂行能力、管理者、現場の人々の専門性のレベル、エンゲージメントの水準は、競争相手となる海外企業に比べて極めて低い。

時価総額の多寡、ビジネスモデルの革新性において、日本の企業は米国、中国、韓国の先進企業の後塵を拝している。これまでの研究開発、イノベーションの分野では最早正面対決が不可能な域に突入している。

英国空軍がドイツ戦を破ったのは、客観的な情報を集めるレーダーと有利に戦う場所を決める司令部の働きである。技術やアイデアが偏在するグローバル市場の中で、諜報活動を強化し、有力な勢力(パートナー)と共同戦線を敷き、劣勢を挽回する時期に来ている。

  • クローズドイノベーションの概念図
  • オープンイノベーションの概念図

イノベーションの方向性と知識の獲得方法


世界の多くの企業が、ビジネスエコシステムの構築によるイノベーションを追求し始めているにも関わらず、日本の企業は、自前の製品開発によるイノベーションを追求している。

ビジネスエコシステム(business ecosystem)とは、企業や顧客をはじめとする多数の要素が集結し、分業と協業による共存共栄の関係を指す。そして、ある要素が直接他の要素の影響を受けるだけではなく、他の要素の間の相互作用からも影響を受ける。

我が国の大手企業の多くが業種を問わず、デジタル革命、グリーン革命をイノベーションの機会ととらえている。また彼らは、知識を獲得するためにヘッドハンティング、買収、単線(1 対 1)のパートナーシップ(ライセンシング、戦略的提携)、国内の大学・研究機関との連携を進めている。しかし、こうした企業行動には、独占的に外部にある知識を取り込もうとするパラダイムが潜んでいる。

科学技術に関する知識は樹状型でアーカイブされる。一方、知の探索活動は、蜘蛛の巣型のパラダイムを志向する。なぜならば、科学技術に関する知識は、多様性と開放性のある環境の中で進化するものである。現在主流となっている知識のアーカイブ方法は、多様性と開放性と本質的に矛盾をきたすことになる。

したがって、知の多様性と開放性を損なわずに、必要な知識を、必要な期間、適時獲得するという新しい知のパラダイムが求められている。具体的には、独立事業者(フリーランス) への業務委託、クラウドソーシング、海外の大学・研究機関または異業種間の共同研究を進めることである。

知識の目的は、社会の役に立つことである。知識には、領域と基本原理の2つ要素から成立する。人類は有史以来、知識を創造し蓄えてきた。デジタル社会の到来で、データと情報は爆発的に増加したが、混沌状態である。つまり有用な知識として構造化されていない。

知の探索を進めるためには、知識を構造化する。さらに、構造化された知識から知恵を創出し、イノベーションにつなげる行動が求められている。

日本の製造業の発展を支えたパラダイムと限界


我が国の製造業は、1990 年まで 30 年間、急激な成長を遂げた。それは、1960 年代から国外の先端技術を創造的に模倣し、統計的品質管理や改善を加えて製造品質を急速に向上させたからである。また、サプライプッシュ型からデマンドプル型の生産方式へ大転換し、プロセスフローの時間を短縮させたからである。

こうした製造現場の改善により我が国の製造業はコスト、品質、納期・数量面で競争優位を確立した。旧経済産業省による政策的な支援により輸出主導型の経済成長を遂げた。1980 年後半以降、急激な円高進行に対応するため、家電、自動車業界を中心とする輸出産業の多くが、低い人件費を求めて東南アジアや中国へ組み立て工程の海外生産移管を加速した。

貿易摩擦と高率関税を回避するため、我が国の自動車メーカーの多くが欧米地域に現地生産拠点を設け、現地調達を進めた。こうした家電、自動車業界の海外展開の特徴は、製造機能に集中していたことである。製品の企画、開発、設計の多くの機能は日本の本社またはマザー工場で行われていた。中核となる知識や技術を国内にとどめ、生産技術、生産管理技術、そして日本文化に深く根差したマネジメント手法を海外に移転した。

このように中核となる部分である根と幹を日本国内に残し、一部の機能である枝のみを国 外に伸ばしていく事業システムは樹状型として表現できる。樹状型と階層型とは概念的に 同一である。前者は上から見た構造に対し、後者は横から見た構造を示す。これとは全く構造がある。それは蜘蛛の巣型である。例えば、自動車は、製品ごとに部品を設計し、統合していくタイプの製品である。こうした統合型製品は、樹状型事業システムがうまく適合する。一方、家電製品(パソコン、携帯電話を含む)は標準部品の使用割合が高い。家電業界は標準部品を専業部品メーカーから買い集め組み立て製品にする。こうした業界は、蜘蛛の巣型 の事業システムがうまく適合する。この違いは設計思想の違いである。

1960 年代の日本の家電メーカーの設計思想は統合型製品であったため、日本家電メーカーは、自前でカスタマイズした部品を設計し、自社または国内協力会社に製造させていた。組立工程を海外に移した家電メーカーは、本国内で設計し調達した部品を海外現地工場に送り、そこで組み立て日本に逆輸入または第三国へ輸出した。しかし、1980 年代以降になると、標準化された低コストの電器・電子部品を供給する専業メーカーが急成長し、海外の家電メーカーに輸出するようになった。

1990 年代後半以降、東南アジア諸国や中国は、先進国からの金属プレス、プラスチック成形などの裾野産業を中心に直接投資を積極的に受け入れ、付加価値を高めた。高い経済成長によって、国内需要が拡大し、現地資本の蓄積が急速に進んだ。韓国、台湾、中国の資本家は、世界中の電器・電子部品メーカーから標準部品を買い集め、人件費の相対的に低い地域で組み立てた。こうした資本家は、日本同様、内部組織内では樹状型のビジネスシステムを採用したが、部品の調達と技術の導入では、積極的にクモの巣タイプの事業システムを採用した。垂直統合による規模の経済と水平分業による範囲の経済を同時かつ最大限に活用することができた。

韓国、台湾、東南アジア諸国、中国は、経済発展のプロセスで蓄積した資本と技術導入で得た知識をもとに、大量生産、大量購買による規模の経済と現地市場ニーズに即したマーケティングとブランド戦略で、コスト競争力と市場拡大の双方を享受し、日本の家電業界を苦境に陥れた。

このように我が国の製造業は、海外展開において現地生産拠点づくりに集中してきた。また、日本の産業構造は、明治以降、国の産業政策に呼応しながら、鉄鋼、機械、電気、化学、通信、電力・ガス、自動車、家電など長い時間をかけて業界別の樹状型事業システムを拡大してきた。国内の同業者間で競争の次元は、需要の三要素と言われる品質、納期、 コストであった。一部の例外はあるにしても、多くの日本企業はニッチ分野で技術を磨くことに集 中、価格引き下げ競争による疲弊をできるだけ避けてきた。したがって、同業者が共存できる状態が長く続いている。このことは、他の先進国に比べて社歴の長い製造企業が多いことや上場会社数が多いことに反映されている。それゆえ、業界を超えて人脈をつくり、異なる業界の企業と協業する機会を戦略的に探索することはなかった。

また自社の研究所で基礎研究や新 製品開発を行うことが多く、大学や研究機関との共同研究は他の先進国と比べれば、金額面、件数面でも少ない。1980 年代は特許の取得件数を増加させること、それを 2000 年代はライセンシングしてロイヤル的収入を増加させることが主目的となった。ホンダ、コマツなど 海外売上比率の高い大手メーカーが、2010 年代に入って、ようやく自社の知財を積極的に活用し、シリコンバレーに拠点を設けるなどして、製品の共同開発を中心に知の探索を海外 にも広げるようになった。

国内市場が日本に比べて小さい韓国や台湾の企業は、会社の設立当初からグローバル市場を視野に入れて人材育成を進めてきた。優秀な社員を米国の大学に留学させたり、海外の大学を卒業した人材を積極的に採用したりしてきた。海外展開の早い段階から現地市場でのブランド構築、販売チャネル開拓に注力し成功を収めてきた。中国は、資本家の子女だけでなく、国家レベルで知の探索を展開するため、日米欧の著名な大学へ優秀な人材を送り込んできた。こうした留学経験者は学問だけでなく、異文化理解力も高い。またビジネスに役立つ人脈も携えて帰国するため、グローバル・ビジネスへの展開にとって大変、貴重な人的資源になっている。

樹状型の組織では、役割と責任を各構成単位に明確に割り振られる。業務プロセスの多くは細分化、標準化、マニュアル化される。トップ方針は、多重階層を経由して現場末端まで伝えられる。一方、現場の情報やデータは報告書や稟議書などの文書をつうじて、定期的に多重階層を経由して上層部に吸い上げられる。業務プロセスのパフォーマンス評価指標は、部署ごとに設定される。こうした樹状型の組織では、自部署に関係する課題をこなすことができるが、部署間をまたがる課題を解決することが十分にできない。また、想定できない未知の問題が発生したときや自社が得意とする領域(業界)以外で変化が起こったときに、樹状型の組織では、どのように対応すべきかを考えることが難しい。

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