株式会社キザワ・アンド・カンパニー

株式会社キザワアンドカンパニー

「エントロピーの法則」の視点


エネルギー政策の長期指針となる「エネルギー基本計画」の議論がこれから本格化しています。北海道が脱炭素時代のエネルギー拠点に脱皮しつつあることを、今朝の日経新聞(2024年5月7日「脱炭素が問う北海道の真価」Deep Insight)で紹介されました。

工業地帯の苫小牧にグリーン水素製造施設が2030年、発電所、製油所から出る二酸化炭素回収貯蔵施設、水素と窒素を合成してつくる燃料アンモニアの輸入基地(中東から)などが続々と建設されています。風力発電の適地の50%を持つ北海道では、今後、通常の演算処理に比べ、エネルギー消費が10倍を超えるAI向け電力需要を賄うためのデータセンターの建設の高い伸びが見込まれています。北海道から本州に向けて高圧直流の海底送電を結ぶ計画が動いています。こうした莫大な投資をせずとも、光通信ケーブルを増強するほうが、安くつくのではという興味深い議論も出ています。いずれにせよ、カーボンニュートラルを実現しつつ、地球規模で高まり続ける電力需要にどこまで対応するのかというのは大きな問題です。この対立項をどのように解消するかのヒントはどうもエントロピーの法則にありそうです。

ジェレミー・リフキン(ドイツ、EU、中国の政策アドバイザー)は、驚くことに、1980年代に現在の地球環境問題と生物多様性の問題を論じていました。エネルギー源は、木材→石炭(70年)→石油・天然ガス(70年)→水素(今後70年)と変わるたびに、社会経済システムが大きく変化してきました。こうした北海道で見られる動きが、今後、どのような経済社会システムの鋳型を作り出すのか、大変興味が湧くところです。

リフキンによると、熱力学第二法則(利用可能なエネルギーは利用されると利用不可能なエネルギー「エントロピー」に不可逆的代わるという物理法則)に従えば、収支バランスを超えた分が、借金のように蓄積し、人類を含む生物圏をいずれ危機に陥れるだろうと警鐘を鳴らしていました。近代の思想を支えたニュートン力学、モネ・デカルトの科学的方法論、ジョンロックの自由主義論、アダムスミスの国富論に共通するのは、「自然資本は神から人類に対して与えられたものであり、それは無限であり、人類がそこに秩序を与え、徹底的に効率よく活用する力と自由がある」ということです。日本も進歩を夢見て、明治時代に和魂洋才の名のもとで、こうした思想を取り入れました。そして現在を生きる私たちの思考(哲学、学問)に大きな影響を与えて、水槽にいる金魚にとっての水のように、その存在すら疑いません。今、エネルギー源が水素に代わろうとしているので、大きな社会経済システムの変化が起こると思われます。それは自然資本のレジリエンス(治癒・回復・共生力)を生みだす政策・規制、テクノロジー、ビジネスモデル、人びとの価値観(生きる意味)の変革によって作り出されると思います。

アクションラーニングをつうじた人的資本投資


最近、人的資本への投資の必要性がグローバルベースで叫ばれている。人的資本とは、個人が持っている知識やスキル、能力、資質などを経済的な付加価値を生み出すための資本である。きっかけは世界経済フォーラム(WEF)が2018年から3年連続で「リスキル(学び直し)革命」を取り上げ、「2030年までに世界で10億人をリスキルする」ことを目標に掲げたことである。ビジネスモデルを刷新するためには、人材にデジタル、ITの知識を学習させる必要があるという問題認識からスタートしている。仕事の変化に適応するための職種転換のためのリスキリングに対する支援は、国家、企業レベルで取り組むべきであるとしている。

こうした課題認識を受けて2018年には人的資本の開示についての国際標準ガイドラインISO30414が新設され、社外取締役、サステナビリティの課題への取り組みと並んで、人的資本に関する記載も盛り込まれた。これに呼応し、世界各国でリスキリングに向け本格的な取り組みが始まっている。独ボッシュ社は、世界の従業員40万人のリスキングに2026年度までに20億ユーロを投じる。これはCASEという自動車業界のイノベーションに対応した動きである。Amazon社は、2025年まで7億ドルを投じて10万人の再訓練を実施する。これからも進む人材不足に備え、採用コストと育成コストを天秤にかけたうえでリスキリングという人材育成のほうが合理的と考えていることが背景にある。

経済産業省の2021年の調査によれば、2010~2014年における人材投資(OJT以外)の国際比較でアメリカのGDP比2.08%に対して、日本は0.1%と20分の1である。また情報処理推進機構(IPA)の2021年調査では、リスキリングに米国企業の82.1%が取り組んでいるのに対して日本は33%と大差がある。こうした深刻な状況を踏まえ岸田首相は5年間で1兆円をかけリスキリングの支援をするとしており、2022年に「新しい資本主義実現会議」の骨太方針の重点分野の第一に「人への投資と分配」を掲げ、リスキルのための政策を明らかにした。同年5月 経済産業省の人的資本経営の実現に向けた検討会では、人材版伊藤レポート2.0の中で経営戦略と人材戦略の連携、リスキリングのための企業の取り組みについての提言が行われた。プライムに上場する大手企業であるJAL、ヤマトホールディング、三菱地所など大規模なリスキリングへの投資を発表している。

このようにリスキリングは大きな潮流になりつつあるが、この流れに乗って日本の企業は、人的投資の名のもと、DXに必要な知識やスキルなど学習テーマを決めて研修時間を増やしたり、自己啓発としての学習を支援したりすればよいのだろうか。筆者は、それはあまりに想像力のない施策ではないかと考えている。パーソル総合研究所の小林祐児氏が指摘するように、最も学ばない、変わらない日本の社会人にリスキリングの必要性を訴えても、糠に釘を打つようなものである。日本独自のメンバーシップ型雇用システムのもとでは、従業員が学習することに興味関心をもち、自発的に学ぼうとするインセンティブが働いていないという不都合な真実を無視してはならない。また、かつて日本の製造業の従業員が統計的品質管理やカイゼン手法を学び小集団活動をつうじて職場の問題に主体的に取り組んでいたことも忘れるべきではない。こうした小集団活動は、学ぶべき対象が仕事と直結し、かつチームで問題の解決を図ることを目的として行われた。しかし、小集団活動というチーム学習が業務プロセスの改善にとどまってしまったことである。今後、チームで取り組むべき問題は、ビジネスモデルのレベルでの改善や改革であり、学ぶべき新たな知識のほとんどは、自社の組織や業界の内部にはない知識である。まずは学習と仕事とは未分一体であるという前提に立ち、「自分たちに課せられた職務や仕事を改善または改革するために私たちは何を学ぶべきかを学ぶ」ことを出発点としなければならない。これは筆者の持論ではない。科学的な実証研究にもとづいていた提案である。

社会学者、心理学者、教育学者、組織学習理論を研究する経営学者が、明らかにしていることは、一言で言えば、「学習は仕事の中にある」ということである。仕事を離れて学習は存在しえないし、仕事の中での他者との相互交流なしに、学習は深まらない。したがって仕事に中に学びの機会を発見し、それを支援する仕組みや仕掛けをつくらない限り、リスキリングに無関心の従業員の学習を促進することはできない。欧米先進国で主流のジョブ型雇用システムが仮に望ましいとして、日本企業がそれを導入し定着するには最短でも20年はかかるだろう。なぜなら、外部労働市場を支える企業横断的な賃金相場、労働組合、職業資格、教育制度と職業プロフェッショナリズムといったキャリア観が社会的に共有される必要があるからである。日本企業が今、取り組むべき課題は、個人を対象としたリスキリングではなく、チームまたは組織を対象としたアクションラーニング(AL:Action Learning、以下ALという)という仕組みを取り入れることである。幸いにも、日本には野中郁次郎、竹内弘高など組織学習論の世界的な権威がALの理論的な枠組みを提供している。また日本の企業文化との親和性が高いことも後押しになるだろう。

What if 質問の底力


イノベーションの出発点は、私たちのパラダイム(物事を見る思考の枠組み)に疑問を投げかけることである。ジョエル・バーカーやピーター・F・ドラッカーなど多くの識者がこの重要性について指摘してきたことだ。

アレキサンダー・オスターワルダーらの著書「Business Model Generation」ではWhat if (もし・・・だったら)質問の好例を紹介している。

もし家具を買う人が広大な倉庫にある梱包ケースに収納された部品を取り出し、自分の家でそれらを組み立てるとしたら、どうだろうか?
今日では当り前のこととなっているが、IKEAが1960年代にこうしたコンセプトを導入するまで考えもつかなかった。
もし航空機のエンジンを購入しない航空会社があるとしたら、どうだろうか?
実はエンジンの稼働時間に応じておカネが支払われている。かつておカネを垂れ流す英国の製造会社だったRolls-Royceが、今日、世界第2位のジェットエンジンサプライヤーに自己変革できたのは、このWhat if質問がスタート地点になっている。
もし国際電話を無料にしたら、どうだろうか?
2003年、Skypeはインターネット経由の音声通話サービスを無料で提供するサービスを導入した。その5年後、Skypeは1,000億回の無料電話をする4億人の登録ユーザーを獲得した。
もし自動車メーカーがクルマを販売せず、移動サービスを提供したら、どうだろうか?
2008年、DaimlerはCar2goというサービスをドイツのウルム市で商業化テストを行った。ちなみにCar2goの乗用車のユーザーは、その都市の範囲内であれば、どこでもピックアップし乗り捨てることができる。ユーザーは移動サービスに対して分単位で料金を支払う。
もし銀行からおカネを借りないで個人どうしでおカネを貸し借りするとしたら、どうだろうか?
2005年、イギリスに本拠をもつZopaはP2Pのインターネット上の融資プラットフォームを市場投入した。
もしバングラディシュのすべて村人が電話にアクセスするとしたら、どうだろうか?
これはGrameenphoneがマイクロファイナンス機関であるGrameen Bankとパートナーシップをもとに実行し始めたことだ。当時、バングラディシュは依然として世界の中で最低の通信密度だった。今日、Grameenphoneはバングラディシュ最大の納税者である。

オスターワルダーらによれば、私たちが、しばしば革新的なビジネスモデルを概念化する際に大きな困難に直面するのは、私たちの思考が現在の状況によって引き戻されてしまうからであると指摘する。現在の状況は私たちの想像力を抑え込んでしまう。この問題を克服するひとつの方法は、当たり前の仮定にWhat if(もし~だったら?)という質問をぶつけてみることである。

ビジネスモデルの素材が適切であれば、私たちが不可能だと考えることがすぐにでも実行可能なものになるかもしれない。What if質問は、私たちを現在のビジネスモデルによって押し付けられている制約条件から解き放ってくれる。

What if質問は私たちを刺激し私たちの思考に挑戦するものでなければならない。またWhat if質問は、興味をかきたてるが実行が難しい前提条件のように私たちの心をかき乱すものでなければならない。

AIなど破壊的なテクノロジーが急速にかつグローバルに広がり、低コストで利用できる世の中になっている。革新的なビジネスモデルを生成するための一番の近道は、バカバカしいと思われがちなWhat if 質問を臆さず、小学生になった感覚で、できるだけ多く投じることかもしれない。

ママ、もし・・・だったら、どうかな?

イノベーションに向けた人材投資


なぜスキルの高い日本の労働者の賃金が低いのか

東京大学教授の川口大司氏によると、2000~2017年の間、男女の時間当り賃金は実質で6.1%のマイナスであるという。このマイナスのうち4%は男性に比べ賃金の低い女性の労働参加率が上がったことが原因である。それではどれくらい男女賃金格差があるのだろうか。英国国立ウェールズ大学経営大学院東京校 小池裕子氏の論文「男女賃金格差の要因分解」によると、2007年時点で男女別所得金額は、それぞれ5,145千円、2,884千円であり、女性の男性に対する所得割合は56.1%である。米国の71.5%に比べかなり大きな格差である。

OECD成人コンピテンシーの国際評価プログラム(PIAAC)は、主要な情報処理スキル(識字率、計算能力、問題解決)における成人の習熟度を40以上の国/地域で調査している。このPIAAC試験における読解力で日本はOECD16ヶ国中、290点台のスコアでトップであるが、労働生産性は45米ドル近辺で下から2番目の15位にランクされている。一方、米国の読解力スコアは270点で労働生産性は68米ドルである。

以上のことから、日本の成人は他の先進国に比べ高いスキルを持つが、それを賃金に反映させていない。特に女性では顕著である。川口教授が提案するように人的資本を生かすには、子育て支援の不足解消、短時間有期雇用を誘導してしまう税制・社会保障制度の改正など女性活躍への政策的対応、女性に対する根強い性別役割、分業意識、差別的偏見を失くしていく取り組みが官民で求められている。

なぜ日本の労働者のエンゲージメントは低いのか

熱意をもって仕事に取り組む意欲をエンゲージメントという。米ギャラップが行ったエンゲージメント指数で日本は139ヶ国中132位というショッキングなデータが示されている。またパーソル研究所の「APAC就業実態・成長意識調査(2019年)(インド、中国、豪州、香港、韓国、シンガポール、台湾、韓国、日本の9ヶ国)では、現勤務先で継続して働きたい人の割合(50%)と転職意向のある人の割合(30%)で両割合とも最下位である。ちなみに中国はそれぞれ80%、40%である。日本経済新聞上級論説委員の西條都夫氏は2022年4月18日発行の朝刊で、そうした日本の労働者について「受け身の真面目さはあっても自発的に仕事に向き合う積極性に欠ける。自発的な挑戦、失敗から学ぶ、といった自己決定を重んじる風土をつくるべきである」と論じている。

なぜ人材投資が必要なのか

みずほリサーチ&テクノロジーズのリポートによると、日本の人への投資は官民ともに見劣りすることが分かる。民間企業の人的投資の国際比較(GDP)2010~2017年の平均値0.3%、公的な教育訓練投資支出額の国際比較(GDP対比)2010~2019年の平均値0.2%と極端に低いことが分かる。ちなみに米国はそれぞれ1.5%、0.3%である。英国、ドイツ、フランス、オーストラリアの民間企業の人的投資は2.0%、1.7%、1.5%、1.0%である。3~5倍の開きがあることになる。

米マサチューセッツ工科大学のデビッド・オーター教授らは、米国の18年の雇用者数のうち、1940年には存在していなかった職種が63%を占めているという調査結果を発表した。これは技術革新が進み経済構造が大きく変化したことを物語る。経済構造が変われば雇用の変化に対応するため人材投資が個人、組織、国家レベルで必要になる。

文部科学省の「科学技術指標2021」によれば、2018年度の人口100万人当たりの博士号取得者数は、日本が131人、米国は270人、韓国270人である。また注目度の高い科学技術論文の国際順位は1990年代前半3位だが2018年には10位となっている。やはり人材投資を怠ったつけを支払わされている。ISO30414(企業の人事マネジメント指針)では組織文化、後継者計画に踏み込むなど世界的に人材投資の標準化が進みつつある。

岸田政権は「新しい資本主義」の柱のひとつに人的資本を掲げている。政府は3年間で4,000億、100万人の能力開発に資金を投じる計画である。また内閣官房は人的資本の開示を進め、人的投資に積極的で有能な人材を多く抱える企業に投資資金が流れる仕組みづくりに着手している。また東京証券取引所も統合報告書の中で、人的資本への投資について開示を求める方向である。

人がビジネスモデルをつくりビジネスモデルが価値を生み出す

労働生産性は、GDPを就業者数で割った値である。企業経営レベルでは付加価値をいかに増やすかという問題である。そのために最近、DXへの投資を増加させることが喧伝させている。DX(デジタルトランスフォーメーション)の必要性からデジタル人材への需要と投資への関心が高まっている。しかし工学部で育成される純粋なITエンジニアを育成するのか、それとも既存の理工系、経済経営系などの分野に新しいIT技術を応用できる専門家を育成するのかはっきりしていない。純粋なITエンジニアであれば中国やインドに高度な日本語を話せるIT人材は豊富にいてリモートワーカーとして活用すれば十分である。ITシステムの開発受託の大手、インドのインフォシステクノロジーは、コロナ禍でほとんどの業務をリモートで提供、売上はむしろ増えている。

DXの象徴的な事例のひとつを見てみよう。書籍出版大手の講談社、集英社、小学館、商社の丸紅は、書店が一定期間、売れ残り書籍を返品できるという明治時代にできた委託販売制度の改革に挑戦している。年間4億冊発行、配本、販売される新刊本の返却率3~4割による年間2,000億円のムダを削減するために、人工知能(AI)を用いて精緻な需要分析を用いる。このテクノロジーは、Starbucks、Wall-martに導入実績のある米国テキサス州のo9 Solutions(オーナイン・ソリューションズ)の高精度の需給管理システムを導入する。DXの本質はAIなどデジタル技術の知識を獲得することではなく、AIを使って何ができるかを想像できるかどうか、革新的なビジネスモデルあるいはビジネスエコシステムを描けるかどうかである。

リーダー育成には「何を学ぶべきかを学ぶ」ことが必要

GAFAの経営陣は、コンピュータ科学、心理学、経営学を大学院で学んでいる。またドイツの大手企業の経営者の45%が博士号を取得している。大企業の役員、管理職に占める修士以上の割合は米国が62%、日本は6%と圧倒的に低い。米国の革新的なベンチャーを政府が支援するSBIR投資対象のスタートアップの代表者の74%が博士号を有している。

元富士通シニアフェローの宮田一雄氏は「ジョブ型時代の高度人材」と題する投稿でバブル経済の崩壊以降30年に及ぶ日本の停滞の原因は、役員、管理職の規範的判断力の不足にあると論じている。ここでいう規範的判断力とは、問題意識や価値観の異なる人々がオープンに議論し、エビデンスを基に結論を出していく能力である。複雑な社会課題の解決、共通善に向けた新たな価値づくりには、リベラルアーツ(哲学、倫理学、政治学、法学、経済学、社会学)を学ぶ必要がある。学問で身につく大局観や学び続ける習慣、科学的に人を説得する技術は経営者になる訓練として有効である。しかし日本は過剰な学歴批判によって大学院への評価が極めて低い。イノベーションには、今は存在しない仮説を立てて検証して一般的通用性を証明する必要がある。こうした知的訓練を受けていない人が日本の管理職や経営職に多いのが実態である。

経営幹部のリーダーシップは「7、2、1」の法則、つまり仕事での経験が7割、上司・先輩の薫陶が2割、研修が1割と言われている。しかしその研修内容がITを使った改善や効率化、コミュニケーション向上、部下の育成などのカリキュラムであるとしたら焦点がぼけている。日本の企業が実施すべき研修は、自社のビジネスモデルの変革する能力、新しい価値を生み出す能力に焦点を合わせるべきである。少なくとも5年、製造業では10年は既存のビジネスモデルの中で、知識と経験を有するべきである。そして既存のビジネスモデルに対して変革のビジョンが描けなければならない。既存のビジネスモデルを磨くことにエネルギーを向けるよりもむしろ、既存のビジネスモデルの変革あるいは新規のビジネスモデルの生成にそそぐべきである。

2020年のOECD加盟国の時間当りの労働生産性(就業時間当りの付加価値)は49.5米ドルで米国の80ドルに比べ62%である。しかし成人コンピテンシーの国際評価プログラム(PIAAC)でトップであることを考えれば、学習の基礎はすでにある。特にリーダー候補人材は少なくとも現場の知識も旺盛であり、問題意識は高いはずである。最も不足するのはビジネスモデルの改革に必要な知識とリベラルアーツである。前者はスキルセットとしてスタンダード化しており、実践に適用することで身に着けることが可能である。後者は、職業人生をつうじて読書や外部研修などをつうじて自力で学習するしかない。少なくとも「何を学ぶべきかを学ぶ」ことをリーダー研修の中で行うべきである。なぜならば学習は好奇心と問いから始まるからである。

挑戦を奨励し、失敗から学ぶ文化をつくることが必要

米国のベンチャー起業家、GAFAM企業、欧米大企業の経営幹部のように修士、博士号を持つ人材を、社内で取り込むために人材を育成、あるいは獲得できる会社はごく少数であろう。またそうした高度人材を海外から採用するにしても、人事制度や組織風土の大きな改革を避けて通れない。

イノベーションに詳しいヘンリーチェスブロウ、ロン・アドナーら多くの経営学者が指摘するとおり、イノベーションが当初計画どおりにいく確率は米国で10~20%と言われる。要するに80~90%は失敗する。またベンチャー企業に至っては数%もないのが現実である。やみくもに数を増やせばよいわけではないが、そもそも挑戦できる環境がなければイノベーションは起こらない。失敗を許さないで、挑戦しろというのは論理的破綻である。挑戦を押し付ければエンゲージメントの低い社員を量産するだけに終わるであろう。

挑戦を奨励し、失敗から学ぶ文化をつくることが必要である。こうした企業文化の変革は経営トップの仕事である。「失敗学」で有名な畑村教授が指摘するように、日本経済停滞の根本原因は、バブル崩壊以降、熟成された失敗を許さない日本の文化にあるのようである。

成功の確率を上げるには、風雪に耐えた経営理論、方法論、道具(ツールセット)をしっかりと実践をつうじて学ぶ必要がある。こうした実践にもとづく学習を経営トップに寄り添いながらサポートするのが経営理論と実践の経験を有する経営コンサルタントの社会的な役割である。

以上

加速するビジネスモデルのオープン化


大多数のトップエグゼクティブは、自社の経営資源を活かしてイノベーションを実現することは経営戦略上の重要課題であると認識している。しかしながら、それには大変な困難が付きまとう。それは、イノベーションを実現するための組織能力が不十分であるからである。求められる能力とは、つぎ6つである。

  • パラダイムシフト
  • 両利きスキル
  • イノベーションのスキル
  • 異文化理解力
  • テクノロジー・アイデアの探索力
  • ビジネス人脈の探索力

オープンイノベーションの車輪

図は、6つの組織能力の関係を車輪で示している。まず、トップエグゼクティブはイノベーションを起こすために必要な新たなパラダイムを受け入れる必要がある。パラダイムとは、価値観、信条、方針、組織文化、伝統、制度、規則、行動パターン、習慣を含み、無意識にあるものも含めた広い概念である。指数関数的に加速する技術革新、製品ライフサイクルの短縮化により、アイデアやテクノロジーの創造、選択、開発、商業化といったイノベーションのプロセスが、アンバンドリングしつつあるのだ。そのため、ビジネスモデルをオープン化していかなければ、あるいはオープンイノベーションに取り組まなければ、成長は望めない。パラダイムは車輪の車軸に相当する。車軸がぶれると安全に走行できないように、新たなパラダイムに移行できなければ、イノベーションを起こすことは難しい。

また、トップエグゼクティブはイノベーションを生み出すためのスキルと両利き経営のスキルを身に着けて行動に移す必要がある。これまで多くの研究者が豊富な事例研究をつうじイノベーションを生み出す基本原理、方法論、ツールが開発されてきた。イノベーションスキルとは、これらを理解し使いこなせる能力である。トップエグゼクティブは、基本原理を理解したうえで、方法論(フレームワーク)に基づいて適切な問いを立てることによって、課題を的確に設定することができる。また適切なツールに基づいて、そうした課題を解決するアイデアを生み出すことができる。

一方、「両利き」とはAかBかという二律背反に陥るのではなく、AとBの両方を満足する能力のことである。両利き経営とは、既存事業を深化すると同時に、新規事業を探索するための経営手法である。イノベーションスキルと両利き経営スキルの2つのスキルを土台にして、イノベーション戦略を立案し、それを実行するための環境をクライアント組織の内部につくることが可能になる。

さらに、探求すべき2つのターゲットがある。それは、新たな知識と新たなビジネスの人脈である。多くの企業は既存事業を維持することに、これまで長い時間と多大な経営資源を投下してきた。その結果、既存事業の属する業界内の知識、ビジネス人脈を豊富に有し、既存のビジネスエコシステムに深く組み込まれてきた。歴史があり成功を収めてきた企業ほど、既存ビジネスに過剰適応するといった「成功の罠」に陥りやすい。異質なものへ猜疑心が強く、変化を好まない傾向がある。そのため、新たな知識と新たなビジネスの人脈を探索することが容易ではない。

AIの実装によって加速されるデジタル革命と脱炭素社会に向けた緑の革命により、学際的および異なる業界間で多くのイノベーションが起こりつつある。同時に、いくつかのイノベーションが効果的に組み合わされ新たなビジネスエコシステムが形成されつつある。もはや自社の組織内部、自社が属する業界の内部に閉じこもっていては、イノベーションを起こすことはできない。1990年代以降、米国大学の改革を機に、世界の優秀な人材が必要的な最先端の科学技術を学び、母国にもどってイノベーションに取り組んできた。それが2000年代のグローバル経済の成長に大きく貢献した。有用なアイデアやテクノロジーは、高速かつ広範囲に世界に浸透している。世界中で、大組織で働くビジネスパーソン、起業家、大学の研究者など創造性の豊かな人材がGitHubやLinkedInなどビジネスコミュニテー向けSNSなどで「弱いつながり(weak ties)」ではあるが、広範なネットワークが形成されつつある。この弱いつながりは企業組織の境界内の強いつながりよりも、イノベーションにとって有利に働くことが知られている。ビジネスモデルをオープン化し、イノベーションの機会を増やすためにも、我々は、国内の利害関係者だけでなく、さまざまな業界、さまざまなビジネス様式、海外の企業や政府、大学、研究機関と幅広く交流する必要がある。

これまで多くの企業が海外展開を図ってきたが、その多くは工場建設や販売拠点の設置など既存事業の拡張が中心であった。今日、同一業界種内での競争がメインであった状況から、異業種または新業種との競争へと変わりつつある。その結果、新たなビジネスエコシステムがつぎからつぎへと生まれている。新しい知識と新しいビジネス人脈を探索し、新たなビジネスエコシステムで覇権をとるか、または生存領域を確保しなければならない。これまで以上に戦略的パートナーシップの構築が求められているのである。パートナーシップは信頼に基づく。交流の幅を広げ、信頼関係をつくるためには、高次元の異文化理解力が必要である。

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イノベーションの二次市場


「オープンイノベーション」とともに「イノベーションの二次市場」という概念を最初に打ち出したのは、チェスブロウ教授である。主に、テクノロジーの利用・共用・提供(ライセンシング)または売買のように、その対象を特許化されるか、または文書化(形式化)が可能な知的財産権の取引市場を想定している。筆者は、イノベーションの二次市場を、「ビジネスモデルのオープン化に必要なアイデアとテクノロジーの取引を仲介する場である」と定義することによって、ビジネスをオープン化するための戦略的な選択肢を広げることができると考えている。

そもそもプロセスはアイデアとテクノロジーの束からなる。アイデアとテクノロジーは、特許、意匠、著作権、商標など知的財産権として、文書化し登録し、公開を前提に法的に保護する場合もあるが、営業秘密のように敢えて秘匿する場合もある。比較的、製品に使用されるテクノロジーは、その革新的な機能を図解や説明によって構造と原理を説明しやすい。しかし、製造プロセスに使用されるテクノロジーの移転には、ノウハウや経験など暗黙知化されている部分が大きく、製造設備に体化されている部分も多いため、かなりの時間とコストがかかる。

ビジネスモデルのオープン化には、形式知化または標準化できるアイデアやテクノロジーだけでなく、ノウハウや経験など暗黙知化または標準化が難しいアイデアやテクノロジーも視野に入れるべきであるし、実際にそのように行われている。スタートアップ企業へ大企業が出資するのは、単純に個別のテクノロジーにアクセスする機会を得ることではなく、そのテクノロジーを顧客価値へと結びつけ商業化しているか、その可能性が高いビジネスモデルに価値を置いているからである。

市場というと、株式市場や不動産市場のように情報の非対称性が小さい市場を想像してしまうが、イノベーションの二次市場は、情報の非対称性が極めて大きいため、通常、守秘義務契約を結んだうえで、直接当事者間で、相対交渉で行われる。二次市場の取引形態と仲介者は、つぎの通りである。

二次市場の取引形態:

  • 破綻企業のパテントオークション
  • 共同開発、技術の売買(アウト・ライセンシングまたはイン・ライセンシング)
  • ベンチャー出資、スピンオフ
  • 技術・資本提携、M&A(敵対的TOBも含む)

二次市場の仲介者(エージェント):

  • パテント仲介事業を行う特許事務所
  • 産学連携を担当する大学教授(ソート・リーダー)
  • 公的な産学連携機関
  • 経営コンサルタント
  • 商社(日本独特の事業形態でマーチャントバンク)
  • 投資銀行
  • ベンチャーキャピタル
  • プライベートエクィティ
  • ビジネスブローカー
  • エンジェル投資家

このようにイノーベーションの二次市場を拡大解釈することによって、知的財産権の利活用だけでなく、工場のライン(継続的改善によるノウハウが体化されている)やブランド(顧客が心に抱く企業や製品サービスに対するイメージ)にもビジネスのオープン化を進める機会を認識できるようになるのではないかと考えている。テクノロジーとマーケットには、不確実性とライフサイクル(栄華盛衰)が常に同伴する。両者をマッチングさせる仲介者の役割はますます大きくなるであろう。

DX時代におけるシステム・ダイナミクスの位置づけ


GDPは、労働人口×一人当たり付加価値額である。移民の受入に消極的な我が国の労働人口は確実に減少に向かう。また、一人当たり付加価値額(生産性)は、2020年には韓国に追い抜かれた。今後、労働人口の減少速度を生産性の伸び率を上回るようにできなければ、今現在のGDPを維持することすらできない状況にある。生産性をいかに高めるかが、我が国の重要課題になりつつある。その打ち手として、破壊的テクノロジーと言われるAI(人工知能)に期待が寄せられている。その破壊的な意味が実感できないのは当然にしても、AIをいかに活用できるかに企業経営だけでなく、将来の日本全体の浮沈を左右することは確実である。

昨今、AIがあらゆる経済活動または社会生活の中に浸透しつつある。世界で500億台のデバイスにセンサーが付き、次世代通信規格5Gが急速に普及することが数年以内に実現する。通信速度と計算速度の飛躍的な向上によってビッグデータを活用したAIの性能が、すでに熟練者を超えるレベルまで向上した。自動車、ドローン、航空機の完全自動運転はもとより、製造工場における加工組立作業から腹腔鏡(内視鏡)手術まで行うスマートロボット(Smart Robbot)が登場しつつある。また、AIによる自動文章作成を可能にするGPT3が登場し、新聞記事や簡単な報告書を執筆できるレベルに到達した。これまでは、繰り返し作業を自動化するAIからより創造的かつ難しい判断をともなう業務まで担えるまでAIは進化しつつある。間違いなく言えることは、囲碁、自動運転、外科手術など高度な知能を要求されている分野で、人間の知能レベルをAIが完全に超えてしまったということである。

ところで、現場で活躍する歯科治療の予約、製造・生産管理システムにおける受発注、生産指示、在庫管理から、株式市場、パンデミック、気候、人体の新陳代謝に至るまでのすべての活動を支えるのがシステムである。これまで人類は、経済社会的な目的を達成するためにシステムの振る舞いを意図的にコントロールしようとしてきた。あらゆるシステムは基本的にフロー、プロセス、ストックの3つで成り立つ。これら基本要素の振る舞いを数値指標で把握し、システム全体が効率的に希少な資源ストックの最適配分(最適化)を実現できるようにコントロールする。生態系、気候など自然は人間を一切介在せずにシステムをコントロールしてきた。人類は、AI、IoT(internet of things)、各種センサーの3つの技術を手に入れた。これらの技術をシステムに実装することで、いままで人間の知能では認識できなかったムダ(非効率)を可視化し、自動化し、システムを飛躍的に向上させることが可能になった。

ただ、留意すべきは、こうした3つの基礎技術を局所的に導入することによって一部プロセスの改善はできても、全体最適には至らないという事実である。全体最適に至らなければ、局所的な改善効果が逆にシステム全体のアウトプット(目的)から遠ざかってしまう。こうした人間が陥りやすい思考のワナの一つとして、多くの学者、経営コンサルタント(ジェイフォレスター、ジョン・D・スターマンらが体系化したシステムダイナミクス、その理論を組織学習に応用したピーターセンゲら、そして制約条件の理論(TOC)をマネジメントの世界に導入したエリヤフ・ゴールドラットら)は、「部分最適なワナ」と名付けた。

やむくもにDX(デジタルトランスフォーメーション)の掛け声のもとに、3つの基礎技術をシステムに実装して、システム全体の改善または新規開発を図ると、間違いなくこの「部分最適なワナ」に陥ってしまう。これを回避するうえで、必須となる学問がシステム・ダイナミクス(System Dynamics ; SD)である。

システム・ダイナミクス(以下、SDという)は、複雑なシステムにおいて学習効果を高める手法である。航空会社がパイロットの訓練にフライト・シミュレーターを使うのと同じように、SDは、ダイナミック(動的)な複雑性について学習し、システムの抵抗の源を理解し、より効果的な施策を立てられるようにするためのマネジメント・フライト・シミュレーターを開発する手法といえる。

SDは、数学、物理学、工学で開発されたフィードバック制御や非線形ダイナミクスの理論など物理や技術の分野だけでなく、認知心理学、社会心理学、経済学をはじめとする社会科学の知見も活用している。企業経営は、複雑で動的なシステムを管理することである。組織成員は、そうしたシステムの中で毎日仕事をしている。組織学習を促進するためには、①難題の性質について我々が持っているメンタル・モデルを引き出し、視覚的に表現できるツール、②我々のメンタル・モデルを吟味し、新たに施策を立て直し、新たなスキルを実践するような形式モデルとシミュレーション手法、③科学的推論のスキルを磨き、グループ・プロセスを改善し、個人やチームによく起こる習慣的な防御的行動を克服する手法が必要である。

我々はDX時代を本格的に迎える中で、単に業務プロセスのデジタル化を図るという視点ではなく、全体最適なシステムを設計するために、システム・ダイナミクスを活用しなくてはならない。

クローズドイノベーションからオープンイノベーションへ


多くの日本企業は、オープンイノベーションの本質的な意義を理解していないように思われる。

ハーバード大学のヘンリーチェスブロー教授は、著書「オープンイノベーション」の中で、1990年代に米国で実際に起こっていた知的財産に関する価値観、マクロ、ミクロにおける大きな変化について書いている。AT&T、ゼロックス、IBMなどの超優良大企業にとって屋台骨を揺るがす変化であった。

それから20年近くの時間が経過した。やっと、日本でも本格的にオープンイノベーションに取り組もうとする企業が現れてきた。しかし、大半の企業経営者は、オープンイノベーションを知財管理のひとつの手法のように捉えられている傾向が強い。ライセンスインやライセンスアウトによる特許の活用、産学官の共同開発の進め方、技術公募のノウハウといった、どちらかといえば手段について書かれた文献が多い。もちろん、こうした手法はオープンイノベーションにとって重要である。しかし、オープンイノベーションは単なる手法ではなく、ヘンリーチェスブロー教授が主張しているとおり、ビジネスモデルの変革および新規開発、そして自社の存立基盤となるビジネスエコシステムの再構築また企業文化の変革にかかわるきわめて戦略的要素の強いテーマである。

オープンイノベーションの推進力は、コンピュータの計算速度の高速化と爆発的なデータの増加である。これにより、①革新的な科学的発見が加速度的に生じたこと、そして、②知識の専門分化が急速に進み、複雑性が増したこと、③それらに呼応して研究開発の規模の経済性が大きくなったこと、④最先端の技術や知識を持つ研究者やエンジニアの流動性が高まったこと、⑤ベンチャーキャピタルの投資規模が大きくなったことなど様々な要因が重なって起こっている。これら要素が相互作用しながらオープンイノベーションの機会がグローバルベースで増加しつつある。

知識集約産業の一つである医薬品業界、IT業界は過去20年の間に世界的な合従連衡が進んだ。この背景には技術革新が急速に進み、1社単独、日本企業連合では抗しきれない知識獲得の競争があった。大規模の企業再編やM&Aの背景があった。昨今ではAI(人工知能)が破壊的な技術として、GAFA、ソフトバンクを中心に激しい競争が生じている。

今後、同様の変化が自動車、エネルギー、化学、機械などの業界に広がると思われる。こうした変化は、ビジネスエコシステムの大きな変化、すなわちマクロ視点でいえば産業構造の大きな変化につながる。

1990年代以降の日本企業の経営者のパラダイムは陳腐化、日本企業組織を支える終身雇用および年功序列、メンバーシップ型人事評価制度、消極的な人材投資、集団的合意による意思決定システム、男性内部昇進者で固める取締役会などの企業統治システムは急速に破綻しつつある。

我が国の相対的な国力は、先進国の中で下位に落ち込んでいる。戦略立案遂行能力、管理者、現場の人々の専門性のレベル、エンゲージメントの水準は、競争相手となる海外企業に比べて極めて低い。

時価総額の多寡、ビジネスモデルの革新性において、日本の企業は米国、中国、韓国の先進企業の後塵を拝している。これまでの研究開発、イノベーションの分野では最早正面対決が不可能な域に突入している。

英国空軍がドイツ戦を破ったのは、客観的な情報を集めるレーダーと有利に戦う場所を決める司令部の働きである。技術やアイデアが偏在するグローバル市場の中で、諜報活動を強化し、有力な勢力(パートナー)と共同戦線を敷き、劣勢を挽回する時期に来ている。

  • クローズドイノベーションの概念図
  • オープンイノベーションの概念図

イノベーションの方向性と知識の獲得方法


世界の多くの企業が、ビジネスエコシステムの構築によるイノベーションを追求し始めているにも関わらず、日本の企業は、自前の製品開発によるイノベーションを追求している。

ビジネスエコシステム(business ecosystem)とは、企業や顧客をはじめとする多数の要素が集結し、分業と協業による共存共栄の関係を指す。そして、ある要素が直接他の要素の影響を受けるだけではなく、他の要素の間の相互作用からも影響を受ける。

我が国の大手企業の多くが業種を問わず、デジタル革命、グリーン革命をイノベーションの機会ととらえている。また彼らは、知識を獲得するためにヘッドハンティング、買収、単線(1 対 1)のパートナーシップ(ライセンシング、戦略的提携)、国内の大学・研究機関との連携を進めている。しかし、こうした企業行動には、独占的に外部にある知識を取り込もうとするパラダイムが潜んでいる。

科学技術に関する知識は樹状型でアーカイブされる。一方、知の探索活動は、蜘蛛の巣型のパラダイムを志向する。なぜならば、科学技術に関する知識は、多様性と開放性のある環境の中で進化するものである。現在主流となっている知識のアーカイブ方法は、多様性と開放性と本質的に矛盾をきたすことになる。

したがって、知の多様性と開放性を損なわずに、必要な知識を、必要な期間、適時獲得するという新しい知のパラダイムが求められている。具体的には、独立事業者(フリーランス) への業務委託、クラウドソーシング、海外の大学・研究機関または異業種間の共同研究を進めることである。

知識の目的は、社会の役に立つことである。知識には、領域と基本原理の2つ要素から成立する。人類は有史以来、知識を創造し蓄えてきた。デジタル社会の到来で、データと情報は爆発的に増加したが、混沌状態である。つまり有用な知識として構造化されていない。

知の探索を進めるためには、知識を構造化する。さらに、構造化された知識から知恵を創出し、イノベーションにつなげる行動が求められている。

環境に働きかけるための効果的な方法


PDCAサイクルとOODAループ

我々はある目的に向かって何か事を成し遂げるため、常に環境に働きかける。この場合の環境とは、行為者である自己の内部と自己を取り巻く外部の双方を包摂する。環境そのものにはVUCA、すなわち変動性(Volatility)、不確実性(Uncertainty)、複雑性(Complexity)、曖昧性(Ambiguity)のそれぞれのレベルに違いがあると同時に、時間の経過とともに変化する。仕事とは目的に向かって環境に働きかける行為である。組織の目的に向かって仕事を進める方法には、PDCAサイクルとOODAループの2つがあり、環境に応じて使い分ける必要がある。

1. PDCAサイクル

PDCAサイクル(Plan-Do-Check-Act cycle)の提唱者は、統計的品質管理で有名なエドワード・E・デミング博士である。第二次大戦後、我が国製造業は、このPDCAサイクルを品質管理分野に導入し、高い国際競争力を生み出した。PDCAサイクルはPlan(計画)→ Do(実行)→ Check(評価)→ Act(改善)の 4段階を繰り返すことによって、業務を継続的に改善する方法論である。

  • Plan(計画):従来の実績や将来の予測などをもとにして業務計画を作成する。
  • Do(実行):計画に沿って業務を行う。
  • Check(評価):業務の実施が計画に沿っているかどうかを評価する。
  • Act(改善):実施が計画に沿っていない部分を調べて改善をする。

この4段階を順次行って1周したら、最後のActを次のPDCAサイクルにつなげ、螺旋を描くように1周ごとに各段階のレベルを向上させて、継続的に業務を改善する。

このPDCAサイクルは、戦略計画の策定と実行のレベルにまで応用され、「方針管理」として、現在、多くの日本企業で導入されている。

日本科学技術連盟(JUSE)は、改善のためのPDCAサイクルに加え、Pの代わりに、維持管理のための標準化(Standardization)のSを置いたPDSAサイクルを加え、新たに「管理サイクル」を概念化している(図表参照)。

図表 管理サイクル

2.OODAループ

意思決定の型であるOODAループは、「機動戦」概念の提唱者ジョン・R・ボイド空軍大佐が開発した。敵パイロットよりも速く敵を発見し、行動に移すことができる。つまり観察から行動への速度を決定的に早くする。全視界を見て状況の展開を見る能力がOODAループを構成する基幹プロセスである。

OODAループの基本的な段階は,観察(Observation),情勢判断(Orientation)、意思決定(Decision)、行動(Action)の4つの意思決定プロセスで構成されている。

図表 OODAループ

最初の段階である観察では,五感を駆使して状況の展開を見る。自己の視点のみならず、相手の身になって全体図を直観する。

第二の段階である情勢判断では,新しい情報と自身が蓄積した資質・経験や伝統を分析・綜合して、代替案をつくる。自己の置かれた世界をみるだけでなく、どのような世界を見ることができるかの能力が問われる。ボイドも、状況が刻々と変化する戦況において、敵よりもいかに素早く情勢判断と意思決定を行うかが勝敗を決するとして,情勢判断の段階を「Big O」と呼び、である。この一貫したプロセスは、新たな情報として再び観察され,新しいOODAループが始まっていく。混乱する戦場において,この“see‐decide-do decision”と簡潔に言われるOODAループを,敵より素早く回せるように身体化されるまで叩きこまれる。OODAループの要諦は,先手を取り、敵が対応せざるを得ないようにすることである。

OODAループの中でも一番重要な「Big O」(Orientation)は、遺伝的資質、伝統・文化、分析・綜合、先行経験、新しい情報の相互作用によって形成される世界のイメージ、眺望,印象である。ボイドは,この同義語として、環境とのダイナミックな相互作用におけるメンタル・モデル、スキーマ、ミーム、暗黙知を当てている。

ボイドはマイケル・ポランニーの暗黙知の概念にも影響を受けている。情勢判断のプロセスは分析(アナリシス)と綜合(シンセシス)である。分析は、物事を要素に分解するプロセスであるため、綜合のインプットに留まる。これを踏まえて,情勢判断では、個別具体の状況のなかでの現象を一貫したイメージに統合しなければならない。一般的に真理に近づく方法論は、演繹と帰納の双方が必要であるとされるが、普遍から個別へのトップダウン思考は、演繹・分析であり、個別から普遍へのボトムアップ思考は帰納・綜合である。したがって、創造性は基本的に帰納に関係するが、創造的な帰納にするためには、以前に普遍を構成していた命題を否定する破壊的な演繹が必要だとしている。ボイドは,明確に認識していなかったが、この方法論は演繹、帰納に対してアブダクション(発想)である。

ただし,帰納法は演繹法に比べてリスクをともなう。論理的に与えられた「最大化」基準に基づくすべての代案を比較してベストを選ぶ分析的アプローチに比べると,経験と判断に基づくパターン認識の直観的アプローチは、「満足化」基準に基づく試行錯誤の「よりよい(ベター)」の追求である。

戦争は、サイエンスというよりもアートなのであり,唯一最善の解はない。しかし,実行可能な第一のソリューションを直観的に生み出す意思決定は、多数の代替案を比較しないので、分析的意思決定よりははるかに速い、と主張される。

  • PDCAサイクルとOODAループの違いと適用方法

工業化時代には、PDCAサイクルを戦略計画管理に応用した『方針管理』、クラウゼヴィッツの『戦争論』をビジネスに結び付けた『競争戦略論』が適用されたが、不確実性が高く情勢変化のスピードが速い第四次産業革命の時代ではボイド大佐のOODAループを戦略遂行レベルで適用されるようになっている。PDCAサイクルとOODAループの属性の違いを図表に示した。

図表 PDCAサイクルとOODAループの違い

属性PDCAサイクルOODAループ
提唱者デミング(統計学者)ボイド(軍人)
変動性(V)低い高い
不確実性(U)低い高い
複雑性(C)小さい大きい
曖昧性(A)低い高い
アプローチ方法演繹・分析(全体→個)帰納・綜合(個→全体)
物事の起点計画観察
サイクルの長さ数か月から数年数分から数週
行動に関する判断上位判断現場判断
命令方法指示を与える・指示に従う任務を課す・使命を果たす
メンバーの専門性低い高い
行動パターンアルゴリズム創造的発見
知識タイプの重心形式知暗黙知
データ利用予測データ事実データ
対応の起点事前対応事後対応
機能特性の重心販売・設計・生産マーケティング・研究開発
マネジメントの重心指揮命令相互信頼
組織特性の重心達成型組織進化型組織

PDCAサイクルは指揮命令による管理統制を重視するが、OODAループは相互信頼による自主経営を重視する。したがって、ビジネスに適用する際には、両者の違いを認識したうえで組織特性に合わせて適用すると同時に、現場で必ず直面する両者間の矛盾・対立をうまく処理するための企業文化を育てなければならない。

高度に複雑な水陸両用作戦では、混乱する上陸部隊を一貫性のある攻撃組織にまとめる必要がある。さらに,個人の自発性と絶対命令の順守を同時に両立させなければならない。しかし、戦場では矛盾(コンフリクト)の存在が常態なので、矛盾を受け入れ、相反する考えを同時に機能させるダイナミックなバランス能力が要求される。海兵隊は、日々、次のような矛盾に直面している。

  • 失敗覚悟でやるべきか、成功第一に考えるべきか
  • 権限を与えるべきか、階層を守るべきか
  • 計画を練りあげるべきか、即興で対処すべきか
  • 規律を課すべきか、創造性を触発すべきか
  • 中核業務を担うべきか、多機能業務を担うべきか
  • 慎重に分析すべきか、素早く行動すべきか
  • 隊員同士で競争させるべきか、他の隊員の成功を優先すべきか

海兵隊のリーダーは、このような対立概念のバランス感覚を磨くために,周到な計画や方法を立案すると同時に,勘と経験を駆使し、状況に応じて部下の即興的な自発性を支援する。さらに,海兵隊の教育・訓練システムには,相反する価値観や特性が存在し、それらがバランスをとるようなプロセスが埋め込まれている。海兵隊は全員ライフルマンが共通する分母であり、精神(エトス)なので、「マリーンである」だけで任務を遂行する。この仕組み、ないし文化がコンフリクト解消のスピード化と低コスト化を支援していると言える。

以上

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