株式会社キザワ・アンド・カンパニー

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人間のように世界を理解する次世代AI:マルチモーダルAIとは?


AIは今、「五感」を手に入れようとしている朝、目が覚めたときのことを想像してみてください。目を開ける前に部屋の環境音を聞いたり、布団の中の心地よさを感じたりします。そして目を開けて視覚的な情報を得ます。これらの多様な感覚認識が統合され、その日の全体像を把握します。

この人間の脳の働きを鏡のように模倣した人工知能が、「マルチモーダルAI」です。マルチモーダルAIとは何か?マルチモーダルAIは、テキスト、画像、音声、ビデオといった異なる種類の情報をすべて同時に理解し、処理できる人工知能の一種です。これまでの生成AI(Gen AI)の多くは、企業が導入してきたテキストベースの大規模言語モデル(LLM)ニュアンスのある全体的な理解を実現します。

この能力はAIにおける重要な進歩を表しており、複数の入力をシームレスに認識し、それと同時に出力を生成することで、革新的で変革的な方法で世界と対話することを可能にします。

マルチモーダルAIの仕組み:

四段階の情報処理マルチモーダル生成AIモデルは、複数のニューラルネットワークで構成されており、それぞれが特定のデータ形式を処理するように調整されています。異なるデータ形式を統合する仕組みは、以下の四段階で機能します。

1. データの入力と前処理 (Data input and preprocessing) 

異なる形式のデータが収集され、前処理されます。その 前処理には、テキストのトークン化、画像のサイズ変更、および音声をスペクトログラムへの変換が含まれます。

2. 特徴エンコーディング (Feature encoding)    

エンコーダツールが、データ(写真や文章など)を機械が読み取れる特徴ベクトルまたは埋め込み(数字の連続)に変換します。例えば、画像ピクセルはCLIPを通じて変換され、テキストはトランスフォーマーアーキテクチャを使用して埋め込まれることがあります。

3. 融合メカニズム (Fusion mechanisms)    

異なるモダリティからエンコードされたデータは、様々な融合メカニズムを使用して共有空間にマッピングされます。この融合ステップにより、モデルはタスクに最も関連性の高いデータ部分に動的に焦点を合わせることができ、クロスモーダルな理解が可能になります。

4. 生成モデリング (Generative modeling)    

前のステップで融合されたデータが、この生成ステップによって実用的な出力に変換されます。例えば、モデルは画像の説明文を生成するかもしれません。ビジネス上の大きな可能性マルチモーダルAIモデルは、現在のビジネスの要求に非常によく適合しています。

複雑なデータへの対応:

IoT対応デバイスがこれまで以上に多くの種類と量のデータを収集する中で、組織はマルチモーダルAIモデルを使用してマルチセンサリーな情報を処理・統合し、より複雑な問い合わせを処理できます。

パーソナライズされた体験の提供:

小売、ヘルスケア、エンターテイメントにおいて、顧客が求めるパーソナライズされた体験を提供するために利用可能です。

精度の向上:

異なる種類のコンテンツの強みを組み合わせることで、データをより包括的に理解し、不正確または誤解を招く出力(ホールシーネーション)を少なくすることができます。

アクセシビリティの向上:

モデルがマルチセンサリーな入力を処理できるため、ユーザーは発話、ジェスチャー、AR/VRコントローラーなどを使ってAIと対話でき、非技術的なユーザーにとっても技術がよりアクセスしやすくなります

この技術が進化を続ける中で、このユースケースに早期に投資する企業は、新たな技術的リスクに対処する必要があるかもしれませんが、先行者として優位性を得る可能性があります。

まとめ

マルチモーダルAIは、従来のテキスト専用モデルの能力を拡張し、複数のデータタイプを統合することで、より複雑なタスクの処理能力を向上させる、次世代のAI技術です。この技術は、創薬から顧客サービス、不正検出に至るまで、幅広い分野でビジネスを変革し、組織が競争力を維持し、イノベーションを起こすための強力な手段となるでしょう。

ウクライナ戦争の”本当の争点”とは? —200年前の哲学が示す、対立を乗り越える4つの意外な視点


はじめに:なぜ対立は解決できないように見えるのか?

ウクライナで続く戦争は、私たちに多くの問いを投げかけます。なぜ、これほどまでに複雑で、解決が困難に見えるのでしょうか?対立する双方の主張は決して交わることがなく、平和への道は閉ざされているように感じられます。しかし、もし私たちが普段使っている「言葉」や「思考のフレームワーク」そのものを見直すことで、この難問を全く新しい角度から捉え直せるとしたらどうでしょう。

本記事は、単なる時事解説ではありません。最先端のイノベーション研究が再発見した、ヘーゲル哲学に由来する「弁証法」という思考ツールを使い、ウクライナ戦争という複雑な対立を読み解くための「トレーニングマニュアル」です。この記事を通して、対立の構造を解き明かし、それを乗り越えるための「弁証法的知性」という知的なレンズを手に入れることを目指します。

1. まずは言葉から:「対立」の正体は“矛盾”か、それとも単なる“違い”か?

複雑な問題を解決するための最初のステップは、言葉を正しく定義することです。私たちは「対立」と聞くと、あらゆる「違い」が原因だと考えがちですが、実は対立のエネルギー源となるものには2つの種類があります。それは「矛盾」と「異質」です。

特徴矛盾(Contradiction)異質(Heterogeneity)
関係性排反的、対立的区別される、種類が異なる
本質同時に真にならない(ゼロサム)性質、属性が違う
生じる土俵同じ(論理的カテゴリーなど)異なる(カテゴリー、種類など)
  • 矛盾(Contradiction): 「Aである」ことと「Aでない」ことのように、同時には絶対に成り立たない関係を指します。一方が勝てば、もう一方が必ず負ける「ゼロサム」の構造を持っており、本質的に対立的です。
  • 異質(Heterogeneity): リンゴと自動車のように、単に性質や種類が違うことを指します。これらは互いに異なりますが、必ずしも対立するわけではありません。

この二つの区別がなぜ重要なのでしょうか。多くの紛争は、本来は対立しないはずの「異質なもの(違い)」が、ある共有された、あるいは争われている空間(shared, contested space)で相互作用を始めたときに深刻化します。異質なもの同士が緊張状態に入ると、その「違い」は互いに譲れない要求となり、解決不可能な「矛盾」へと変質してしまうのです。この変化を見極めることが、問題の核心を理解するための鍵となります。

2. ウクライナ戦争の核心:解決不可能な「矛盾」とは何か

この「矛盾」と「異質」のレンズを通してウクライナ戦争を見てみましょう。まず、ロシアとウクライナおよび西側諸国は、政治体制や地政学的な目標において根本的に異質です。一方は権威主義的な「勢力圏」を志向し、もう一方は民主主義的な「自由な同盟選択」を志向します。このシステムや価値観の「違い」が、対立の火種が燻る土台(火薬庫)となりました。

しかし、戦争を膠着させている本当のエネルギー源は、この「異質性」から生まれた、解決不可能な「矛盾」にあります。最も核心的な矛盾は、以下の2つの要求が同時に成立不可能な点です。

  • ウクライナの要求: 主権国家として、NATOに加盟する自由を含む完全な主権の行使。
  • ロシアの要求: 自国の安全保障を確保するための勢力圏(緩衝地帯)の維持と、NATO拡大の拒否。

ウクライナが完全な主権を行使すれば、ロシアが求める勢力圏は脅かされます。逆にロシアが勢力圏を確保すれば、ウクライナの主権は制限されます。この「どちらか一方しか成り立たない」というゼロサムの構造こそが、単なる価値観の違いを超えて、戦争を終わりの見えない泥沼に変えている根本原因なのです。そしてこの核心的な矛盾は、「両者の主張する国境線が互いに排反している領土問題」のように、他の妥協不可能な対立としても顕在化しています。

3. 「正・反・合」で突破する:対立を“進化”させる弁証法という思考法

では、この解決不可能な「矛盾」をどう乗り越えればよいのでしょうか。ここで役立つのが、哲学者ヘーゲルが体系化した「弁証法」という思考法です。これは対立する2つの主張「正(テーゼ)」と「反(アンチテーゼ)」を、単に妥協させる(ディール)のではなく、両者の本質的な要求を汲み取り、より高い次元で統合する新しい解決策「合(ジンテーゼ)」を生み出すことを目指します。

ウクライナ戦争をこのフレームワークに当てはめてみましょう。

  • 正(テーゼ): ウクライナの完全な主権
  • 反(アンチテーゼ): ロシアの勢力圏要求

この「正」と「反」の矛盾を乗り越える「合(ジンテーゼ)」の具体的なアイデアとして、「安全保障上の『中立+保証』のパッケージ化」強固な多国籍の安全保障を得るというものです。

このアイデアがなぜ「合」なのか。それは、「正(テーゼ)」が本質的に求める「自国の安全」と、「反(アンチテーゼ)」が要求する「西側の軍事進出の制限」という両者の核心的なニーズを同時に満たす第三の道だからです。このように、矛盾の外側に新しい選択肢(合)を創造する思考こそが、弁証法のアプローチです。この思考ツールは非常に強力で、同様に領土問題に対する「国際信託統治」(アイデアB)や、システムの違いを管理する「二重の経済統合」(アイデアC)といった、さらなる「合」を生み出す可能性も秘めています。

4. なぜ私たちは“違い”を認められないのか? 平和を阻む脳の「内集団バイアス」

最後に、視点を地政学から私たち自身の脳の働き、つまり人間心理へと移してみましょう。そもそも、なぜ人間は単なる「異質なもの(違い)」を脅威とみなし、排除しようとしてしまうのでしょうか。

人間科学の知見によれば、その原因は私たちの進化の過程で獲得した本能的な傾向にあります。

  • 内集団バイアス (In-Group Bias): 私たちは、自分が所属する集団(内集団)をひいきし、外部の集団(外集団)を警戒するようにプログラムされています。これは、かつて自分たちの集団の生存を守るために有利に働いた本能です。
  • 象徴的脅威 (Symbolic Threat): 異なる文化や価値観に触れたとき、それが自分たちのアイデンティティや生き方を侵食するのではないか、という具体的な形のない恐れを感じます。物理的な脅威よりも、この「象徴的な脅威」が、しばしば「違い」に対する非寛容さの源となります。

この「内集団バイアス」こそが、ウクライナの「完全な主権」(正)とロシアの「勢力圏要求」(反)を、単なる地政学的な対立から、アイデンティティをかけた「我々か、彼らか」という、妥協不可能な象徴的脅威へと変質させているのです。この心理的な壁は、国家間の「異質性」を管理し、平和的な共存の道を探る上での根本的な障害となっています。

しかし、人間科学は問題を指摘するだけでなく、解決策も示唆しています。異質な集団同士が共通の目標のもとで協力する「接触仮説」や、他者の視点を理解する訓練を行う「エンパシー教育」といったアプローチは、この根深いバイアスを乗り越えるための具体的な処方箋です。弁証法が地政学的な矛盾を解決する構造的な思考ツールであるならば、これらは私たちの認知的な矛盾を解決するための実践的なツールと言えるでしょう。

むすび:AI時代にこそ「弁証法的知性」が必要な理由

この記事で見てきたように、ウクライナ戦争のような複雑な対立を深く理解するためには、4つの視点が重要です。

  1. 対立の構造を「矛盾」と「異質」に切り分けること。
  2. 戦争の核心が、解決不可能な「矛盾」にあると見抜くこと。
  3. 弁証法的なアプローチで、矛盾を乗り越える「合」を探求すること。
  4. そして、その探求を阻む自らの「内集団バイアス」を自覚し、克服しようとすること。

これから私たちは、AIが多様なデータや視点、つまり無数の「反(アンチテーゼ)」を提示してくれる時代を生きていきます。しかし、AIは答えを統合し、新たな価値を創造する「合」を生み出すことはできません。弁証法とは、AIが生成する無限の「反」を統合し、より倫理的で高度な解決策「合」を創造するための、人間ならではの「知性のOS」なのです。このOSを使いこなす「弁証法的知性」を磨くことこそ、AI時代の私たちに課せられた使命ではないでしょうか。

最後に、私たち自身に問いかけてみたいと思います。 私たちは、自分と異なる意見や価値観に出会ったとき、それを脅威ではなく、新たな「合」を生み出すための創造的なきっかけと捉えることができるだろうか?

不可能を解く:科学者のモデル化戦略


どうやっても解けそうにない、まるで壁のような「不可能な問題」。あなたも、そんな課題に直面したことはありませんか?実は、科学者たちも日々、同じような難問と向き合っています。しかし、彼らは諦めません。彼らには、こうした難問を乗り越えるための、少し意外な秘密があるのです。

その秘密とは、真正面から「解けない問題」そのものに挑むのではない、ということ。彼らは、ある特別な「思考のツールキット」を使い、問題を「解ける形」に変えてしまうのです。この記事では、素粒子物理学と応用数学という、まったく異なる分野の興味深い事例を通して、科学者たちが使う“不可能”を乗り越える思考のツールキットを解き明かしていきます。

1. テイクアウェイ1:複雑すぎるなら、まず「塊」で考える

素粒子物理学のケース:「テトラクォーク」の謎

最初の舞台は、私たちの想像を絶するミクロの世界、素粒子物理学です。ここで科学者たちが直面していた「不可能な問題」は、「テトラクォーク」と呼ばれる非常に珍しい粒子の構造を解明することでした。4つの部品(クォーク)が、一体どのようにして結びついているのか、その設計図は全くの謎に包まれていました。

この難問を解くために彼らが使ったのが、「ダイクォーク」モデルという賢いアイデアです。これは、4つのバラバラな部品を一つずつ扱うのではなく、まず2つをペアにして「塊」にしてしまうという考え方です。そのペアを、まるで一つの大きなレゴブロックのように扱うことで、問題を劇的に単純化したのです。この戦略により、ごちゃごちゃして複雑な「4つの部品の問題」は、はるかに扱いやすい「2つのセット部品の問題」へと姿を変えました。

ここで非常に重要なのは、この「モデル」は粒子の写真などではない、ということです。これはあくまで、粒子の中でどんな力が働いているかを描き出すための「数学的な設計図」なのです。物理学者たちは、このように抽象的なモデルを駆使することで、私たちが直接見ることのできないミクロの世界を理解しようとしているのです。

科学者たちが、この謎の壮大さと美しさにどれほど心を揺さぶられていたかは、実際の論文にある次の一文からも伝わってきます。

驚くべき豊かさと複雑さで自然界に実現されているようです。

この言葉からは、彼らがどれほど壮大で美しい謎に挑んでいたか、そのワクワク感と、大自然に対する少しの恐れにも似た感情が伝わってくるようです。この事例が示す強力なアイデアは、途方もなく複雑なシステムに対峙したとき、最初の一歩は細部を一つずつ分析することではなく、まず構成要素をグループ化し、問題そのものをシンプルにする方法を見つけることだ、ということです。

2. テイクアウェイ2:完璧を求めず、まず「ぼんやり」させる

応用数学のケース:「白か黒か」のパズル

次は、全く異なる分野、応用数学の世界を見てみましょう。彼らが取り組んでいたのは、「オンかオフか」「0か1か」という二者択一の選択肢しかない条件で、最適な設計を見つけ出すという非常に難しい最適化問題でした。選択肢が白か黒かしかないため、組み合わせの数は天文学的になり、完璧な答えを見つけるのはスーパーコンピュータでもほぼ不可能でした。

ここでも、科学者たちは驚くべきアプローチを取ります。彼らは、厳格な「0か1か」というルールを一時的に緩め、「グレーゾーン」、つまり中間的な状態を許容することにしたのです。

この手法は、絵を描くプロセスに似ています。まず、鉛筆でぼんやりとした下書き(グレーゾーンの解)を描き、その輪郭をはっきりさせていく。そして、最終的にペンでくっきりとした線を入れる(完璧な0か1の解)ように、アルゴリズムを使って徐々に答えを鮮明にしていくのです。この「まず曖昧な下書きを描く」というアプローチは、専門的には「位相最適化」と呼ばれる強力な手法です。

このように、あえてルールを一時的に緩めることで、手も足も出なかった問題が、驚くほど解きやすい問題へと変わります。ここには、「完璧で厳密な答えへの道は、まず不完全さや曖昧さを受け入れることから始まる」という、直感に反した深い知恵が隠されています。

3. テイクアウェイ3:分野を超えた共通点:問題そのものを「解ける形」に変えてしまう

すべての科学に共通する、たった一つの戦略

素粒子物理学と応用数学。一見すると、この二つの分野には何の関係もなさそうです。しかし、その根底には、驚くほどよく似た、たった一つの見事な戦略が流れています。

これが、この記事の核心です。

• 物理学者たちは、複雑すぎる現実を「ダイクォーク」という、よりシンプルなモデルに置き換えました。

• 数学者たちは、厳しすぎるルールを「グレーゾーン」という、より柔軟なモデルを許容することで一時的に緩めました。分野は全く違えど、彼らが不可能を乗り越えるために使った発想は「まず、解ける形の近似モデルを作る」という点で、根本的に同じだったのです。

科学者のツールキットの中で最も強力な道具とは、問題を解こうとする前に、問題そのものを「解ける形」に作り変えてしまうこと。これこそが、分野を超えて共通する、超強力な問題解決戦略なのです。

4. 科学だけの話じゃない:私たちの生活を支える「モデル化」という考え方

そして、この「モデル化」という考え方は、決して抽象的な科学の世界だけのものではありません。実は、私たちが日々依存している多くのテクノロジーの土台となっているのです。

例えば、新しい薬の開発、巨大な橋の設計、そして毎日の天気予報。もっと言えば、この宇宙がどのように誕生したのかという壮大な謎の解明まで、すべてこのアプローチが使われています。これらに共通するのは、どれも非常に複雑で、そのままでは予測が困難な現象を扱っているという点です。あらゆる分野で、この「モデル化」という思考法が、私たちの生活を支える技術のまさに土台となっているのです。

結論:あなたなら、どんな「不可能」をモデル化しますか?

科学とは、ある意味で「不可能」に挑むアートなのかもしれません。その中心には、複雑な現実を巧みに「解けるモデル」に落とし込み、不可能を可能に変えていく人間の知恵があります。

最後に、あなたにも問いかけてみたいと思います。

この「まず解けるモデルを見つける」っていう考え方を使えば、僕たちの社会が抱えている、まだ誰も解けていないような、どんな不可能な問題を解決できると思いますか?

自己学習する工場の本質


再生医療の細胞培養AIが、なぜか「コンビニ弁当の盛り付け」や「シャワーの水流」を極める?

製造業の常識を覆す5つの未来予測 

現代の製造業は、顧客の多様なニーズに応えるための「多品種少量生産」という大きな課題に直面しています。この生産方式は、機械の自動化だけでは対応が難しく、多くを現場の熟練作業者が持つ「経験値」と「勘」に頼っているのが現状です。これにより、品質のばらつきや技術継承の問題が常に付きまといます。しかし、この根深い課題を解決する革命的な設計図が、全く予期せぬ領域から現れました。

日本の理化学研究所(RIKEN)が、再生医療分野における「iPSC-RPE細胞」の培養プロセスをAIとロボットで自律的に最適化することに成功したのです。これは、人間のスキルに極度に依存する複雑な作業を、デジタル技術で再現・超越した画期的な事例です。この記事では、この最先端の科学研究から導き出された、製造業の未来を根本から変えうる5つの衝撃的な変化を解説します。細胞研究室で生まれた知性が、どのようにして工場の常識を覆すのか、その核心に迫ります。

1. 再生医療が工場の先生?

AI時代のモノづくりの意外な原点AI時代の製造最適化モデルが、実は最先端の生物学研究に基づいているというのは驚きかもしれません。このモデルの原点は、理化学研究所が実施した、AIとヒューマノイドロボット「Maholo LabDroid」を用いたiPSC-RPE細胞分化プロセスの自律的最適化にあります。この細胞培養プロセスは、ピペット操作のわずかな力加減や試薬を投入するタイミングなど、微細な条件の違いが結果を大きく左右するため、熟練研究者のスキルと経験が不可欠でした。

これは、精密な組み立てや特殊な溶接といった、製造現場の職人技と全く同じ構造を持っています。成功の鍵は、AIが実験計画を立て(探索)、ロボットがそれを忠実に実行し(実行)、その結果をAIが学習して次の計画を改善するという「閉ループシステム」の構築にありました。そして、このフレームワークは、自動車のシートフレーム、シャワーヘッド、コンビニ弁当といった全く異なる製品の製造ラインにも、そのまま直接応用することが可能なのです。

2. AIは「職人」になれるか?

「彩り」や「水流」まで最適化する新次元このAIシステムの真に驚くべき点は、温度や速度といった単純な物理パラメータの最適化に留まらないことです。従来は人間の感性に属すると考えられてきた、主観的で感覚的な「品質」までも定量化し、最適化の対象にしてしまいます。• シャワーヘッド (Shower Heads): 完成品の通水検査において、高解像度カメラとエッジAIが水流のパターンを撮影・解析します。

これにより、水の集束性や均一性を数値化した「水流の乱れスコア」を生成。消費者が「心地よい」と感じる水流のパターンを、AIが自律的に見つけ出します。• コンビニ弁当 (Convenience Store Bento): 盛り付け完了後の弁当をカメラで撮影し、画像認識AIが具材の配置バランスや色の鮮やかさを評価。「彩り・盛り付けスコア」として定量化します。消費者の購買意欲を左右する「美味しそうな見た目」という極めて感覚的な価値を、AIが最適化するのです。これは、主観的な職人技を、拡張不可能な個人のスキルから、定量化・改善・移転が可能なデジタル資産へと変える、まさにパラダイムシフトです。

3. 「試行錯誤」の終わり。

AIが自ら最適解を見つけ出す「自律最適化」革命新製品を開発する際、従来の製造現場では、熟練者が膨大な時間とコストをかけて試行錯誤を繰り返し、最適な製造条件を探し出してきました。このプロセスは、AIによる「自律最適化」によって終わりを告げます。その中核をなすのが「バッチベイズ最適化(BBO)」と呼ばれるアルゴリズムです。これは、過去の実験データから次に試すべき最も効果的なパラメータの組み合わせを予測し、非常に少ない試行回数で、膨大な選択肢の中から最適解を効率的に見つけ出す技術です。例えるなら、20種類の材料で複雑なソースを完成させようとするシェフのようなものです。伝統的な試行錯誤では、ランダムな組み合わせを何年も試すことになりますが、熟練シェフは経験を活かし、成功に最も近そうな次の組み合わせを賢く選びます。

BBOは、その専門家の直感をAIで実現し、機械のパラメータに対して「味見」のプロセスを賢く導き、ごくわずかな時間で完璧なレシピを見つけ出すのです。理化学研究所の研究が示した成果は、その威力を雄弁に物語っています。システムは、約40日間の実験を3ラウンド(約120日)繰り返す中で、約2億通りにも及ぶパラメータの組み合わせを探索。合計111日間の培養実験で最適条件を発見し、細胞分化の指標となるスコアを88%も向上させました。これは、新製品立ち上げ時の「学習曲線」を劇的に短縮し、開発スピードを根底から変える可能性を秘めています。この動きは、研究室の中だけの話ではありません。

テスラ社がギガファクトリーで高精度ロボットを駆使して実現する「ギガキャスト」のような革新的な製造プロセスや、鴻海精密工業(Foxconn)が「Foxbots」で単純作業を自動化してきたように、製造業全体が単純な自動化から、AIによる判断とロボットによる柔軟な実行を組み合わせた「知的自動化」へと向かっています。理化学研究所の事例は、この潮流の最先端であり、製造業の未来を具体的に示しているのです。

4. 本当に売るべきは「製品」ではない?

製造業が「DXサービス企業」に変わる日このシステムが生み出す真の価値は、より優れた物理的な「製品」だけではありません。その製造プロセスを通じてデジタル化され、最適化された「ノウハウ」そのものです。これにより、製造業は「DXサービスプロバイダー」へとビジネスモデルを転換する道が開かれます。例えば、世界トップレベルの「超精密バフ研磨」技術を持つ企業を考えてみましょう。その企業は、自社の研磨技術をAIモデルとロボットのプロトコルとして完全にデジタル化・パッケージ化することができます。そして、物理的な製品(シャワーヘッドなど)を販売するだけでなく、その「高精度自動バフ研磨最適化システム」自体を、他の企業にライセンス販売したり、サブスクリプションで提供したりするのです。独自の「現場データ(営業秘密)」に基づいて構築されたこのデジタル化されたノウハウは、他社が決して模倣できない強力なデジタル資産となります。これは物理的な製品とは異なり、容易にコピーされることのない、ほぼ攻略不可能な競争上の堀を築き、高収益なソフトウェア・サービス事業という新たな収益の柱を確立します。

5. 主役はAIではなく人間。

熟練の技を「デジタル知能」に変えるための未来図AIや自動化と聞くと、多くの人が「仕事が奪われるのではないか」という不安を抱きます。しかし、このモデルが目指すのは、人間の仕事を奪うことではなく、熟練者の「自然知能」を、より強力な「デジタル知能」へと昇華させることです。この変革の実現には、社員のリスキリングが不可欠です。提案されている「リスキリング学習計画」は、単に雇用を守るためのものではありません。それは、前述のDXサービスという新たな高収益事業を生み出すための、中核的なビジネス戦略です。現場の熟練作業者やスタッフは、自らの技をデジタルプロトコルに変換し、AIモデルを調整する方法を学びます。彼らは単なるシステムの利用者ではなく、自社の未来の収益源となるデジタル製品を創り出す、まさにそのアーキテクト(設計者)となるのです。変革の主役はあくまでも人間です。このアプローチは、AIを単なる道具として使うのではなく、人間の能力を拡張する強力なパートナーとして位置づけます。これにより、従業員は日々の作業を行う「オペレーター」から、AIを駆使して会社の未来そのものを創造する「変革の主人公」へと進化することができるのです。

まとめ:全員が未来を形づくる設計者になれる

最先端の科学研究から生まれたAIとロボットの融合は、製造業が単に生産効率を上げるだけでなく、自社の価値そのものとビジネスモデルを根本から再発明するための道筋を示しています。世界がインターネットから生まれる「ビッグデータ」の覇権を争う一方で、日本の製造業は、他にはない独自の戦略的資源を保有しています。それは、数十年にわたり蓄積されてきた、文脈が深く価値の高い「現場データ」です。この「スモールデータ」こそが、世界で最も洗練された製造業のデジタル知能を生み出す燃料であり、AI時代におけるグローバルリーダーシップへの確かな道筋となるでしょう。最後に、この記事を読んでいるあなたに問いかけたいと思います。「あなたの現場に眠る『匠の技』は、どのような『デジタル知能』に変換できるでしょうか?」

甘利俊一博士が語る「人口知能と数理脳科学」


理化学研究所の数理工学博士、甘利俊一氏による「人工知能と数理脳科学」と題された特別講演の内容をご紹介します。AIが社会と文明の構造すら変えかねない時代において、甘利氏は、自然知能(脳)と人工知能という二つの知能システムの関係性、そして、人類が今後直面する文明レベルの課題について深く考察しました。

1. 数理脳科学とAIの共通原理

甘利氏の研究分野である数理脳科学は、数理的な視点から脳の仕組みを解明しようとする研究であり、同時にAIの研究でもあります。脳の動作原理はAIにも共通する情報原理を持っており、そのメカニズムを利用してコンピューターに知的機能を持たせることが可能になります。

AIの進化は脳にヒントを得て知能システムを構築したいという技術革新から始まりました。現在、AIの基盤となっている深層学習(ディープラーニング)は、神経回路網の学習に基づいており、これはニューロンのようなモデルに学習させることで知的機能を実現しようとする発想に基づいています。甘利氏が1967年に提唱した「確率的勾配降下法」などの理論が、後のディープラーニングブーム(第3次)の主要な道具として再発見されました。現在のAIは、パラメータ数を大規模にすることで人間の能力を超える精度を出すに至っています。

2. 労働の喜びと文明の危機

AIの進展は凄まじく、社会と文明の構造を変革する「法則」を生み出しています。AIが仕事を奪うことは当然のことながら、これは労働の効率化をもたらします。

しかし、AIによって生産力が向上し、物がほとんどタダになり、人々がベーシックインカムを得て単に遊んで暮らすだけの社会は、「人間の家畜化」であると警鐘を鳴らします。甘利氏は、人間は働くことが喜びであり、苦しみすらも楽しむことで働くのだと主張します。

AI時代の未来像として、多くの仕事がAIに任されるようになるため、人々は働くことと遊ぶことが一体となった活動、例えば「アマチュアサイエンティスト」や「アマチュアアーティスト」のような活動に従事するようになるべきだと提言されています。

3. 意識と自由の確保

人間が社会を築く上で、他者と共感し合う「心」は非常に重要でした。一方、ロボットは計算で合理的に動く方が効率的であり、意識や心のような「無駄」を持つ必要はないとされています。

現在の深層学習AIは意識を持っていませんが(チャットGPT自身の回答も同様)、将来、AIが意識や特定の信念(例えば、政治的信条や民族的優越感など)を持つようになると、異なる主張を持つAIが多数存在するようになり、社会に極めて大きな混乱(文明の危機)を引き起こす可能性があると指摘されています。

この危機を避けるためにも、人間がAIに使いこなされ、思考力を失っていく事態を防がなければなりません。教育は知識の伝達(AIの得意分野)ではなく、教師の生き様や人生を学び、仲間との連帯を築く場へと変貌することが非常に重要です。

甘利氏は、人類全体がAIの技術を共有し、貧困や教育の不平等といった障害を減らし、誰もが自身の可能性を大きく開花させられるような社会を構築することが、今後の文明の崩壊を防ぐために不可欠であると結びました。

AIの未来図:機械知性が辿る四つのシナリオと分岐点


弊社のブログ読者の皆様、こんにちは。本日は、機械知性(Machine Intelligence)の長期的な発達が、将来私たちの社会をどのように変革しうるかについて、重要な視点を提示した研究論文をご紹介します。

この論文は、高橋 恒一氏(理化学研究所、慶應義塾大学)によって執筆された「将来の機械知性に関するシナリオと分岐点 (Scenarios and Branch Points to Future Machine Intelligence)です。本稿は、人工知能学会誌に2018年11月に掲載されました(受理:2018年9月18日)。高橋氏の目的は、特定の年代を予測することではなく、機械知性の発達が辿る道筋に存在する主要な分岐点と、それらによって想定される帰結を整理することにあります。

高橋氏の論文では、機械知性の能力レベルの上限に基づき、長期的な発展の行き着く先として、主に四つのシナリオが議論されています。

1. シングルトンシナリオ: 再帰的な自己更新により能力向上の速度が上限なく増大し、最初に進化を遂げた知能エージェントが、他のエージェントや人類に対して決定的戦略的優位性(覆すことが困難な覇権)を獲得するという、最も劇的なシナリオです。

2. 多極シナリオ: 国際的な規制や技術経済的要因により、どのエージェントも決定的戦略的優位性を獲得する前に性能向上が停滞するものの、不確実な要因によるシングルトン発生の可能性は否定されないシナリオです。

3. 生態系シナリオ: 知能エージェントの性能向上に限界が存在し、その結果、多数のエージェントが相互依存的な生態系様マルチエージェントネットワークを構成するシナリオです。

4. 上限シナリオ: 人類が工学的に作り出し得る知能エージェントの能力には一定の上限が存在し、将来にわたり自律的に動作する能力は獲得しないというシナリオです。

シナリオを決定づける「制約」

これらのシナリオのどれが具現化するかは、機械知性の能力を制約するいくつかの要因によって決まります。高橋氏は、これらの制約を「内部構造に関わる制約」「計算素子の物理的特性に関わる制約」「マルチエージェント的制約」の三つに分類して議論しています。

特に重要な分岐点となる制約は、以下の通りです。

1. 高度な自律性の実現自己構造改良能力の獲得:上限シナリオを超え、ヒト並み以上の認知能力を持つ機械知性が実現し、さらに自ら性能を向上させられるかどうかが、その他のシナリオへ進むための決定的な鍵となります。

2. 物理的制約(熱力学・光速):利用できるエネルギーに対して実現可能な計算量には熱力学的限界(ランダウアー限界)が存在します。また、光速の上限は、エージェント内部の情報統合速度や外部への応答速度に厳格な制限を課します。

3. マルチエージェント的制約:複数のエージェントが競争する状況では、他のエージェントの行動をより早く予測し、対処できる相対的優位性を確保する必要があります。しかし、光速や計算複雑性(多くの問題は計算能力の増加に対して対数的な効用しか得られない)のため、計算資源を増やしたからといって際限なく優位性を追求できるわけではありません。

未来への洞察

高橋氏の分析は、知能爆発(Intelligence Explosion)の議論が、単にソフトウェアの進化だけでなく、物理法則が設定する根本的な限界や、競争環境における応答速度の要求といった、逃れがたい制約に強く依存していることを示しています。

私たちがどの未来のシナリオに進むかは、これらのアーキテクチャや物理レベルの制約を技術が克服できるか、あるいはそれらの制約があるためにシングルトン(単一の覇者)の出現が防がれ、生態系として共存する道を選ぶかによって決定されるでしょう。

物理的および社会システムの共通基盤 — システムダイナミクス


注意:本エッセイは、システムダイナミクスの始祖J.W.フォレスター教授の講演録のエッセンスをNoteBookLM(生成AI)によってまとめたものです。

1 情報源:YouTube:https://youtu.be/ddmygPTRjc0?list=TLGGTnHTEeRk86IxMTEwMjAyNQ

この紹介記事は、1988年のジェームズ・R・キリアン・ジュニア・ファカルティ功績賞の受賞記念講演のトランスクリプトの抜粋であり、受賞者であるJ. W. フォレスター教授の業績と、彼が提唱したシステム・ダイナミクスの分野について述べています。システム・ダイナミクスは、物理システムと社会システムに共通する動的挙動の基盤を理解するためのアプローチであり、フィードバック構造コンピュータ・シミュレーションを用いて、組織や社会問題の内部構造がその成功や失敗を生み出すメカニズムを分析します。フォレスター教授は、自身のキャリアにおける初期のコンピュータ開発への貢献(特にWhirlwind Iと磁気コアメモリ)から、マサチューセッツ工科大学(MIT)のスローン経営大学院でシステム・ダイナミクスを確立するに至った経緯を説明しています。講演では、この分野が経営、経済、社会問題を理解するための共通基盤を提供し、メンタルモデルとコンピュータモデルの統合を通じて、直感と厳密な分析を結びつける可能性が強調されています。

システムダイナミクスのアプローチは、なぜ社会科学の課題解決に有効か?

システムダイナミクス(System Dynamics: SD)のアプローチが社会科学の課題解決に有効である主な理由は、社会システムの根源的な構造をモデル化し、人間には直感的に理解が難しい高次の動的挙動を分析できる点にあります。

以下に、SDが社会科学の課題解決に有効である具体的な理由と、そのアプローチの特徴を説明します。

1 複雑な動的挙動の理解と課題の特定

A. 永続的な社会問題への対応 社会や政治、経済の世界は様々な種類の問題や困難に満ちており、過去数千年間にわたってそれらのシステムに対する理解はほとんど進歩していません。例えば、古代ギリシャ人が現代に来たとしても、技術や科学は理解できないでしょうが、戦争や社会問題といった社会的な困難には違和感なく馴染めるだろうと指摘されています。SDは、このように長期間にわたって理解や対処が進んでいない社会経済的な困難に対する理解を改善し、より効果的な教育と厳密な分析を統合する手段を提供することを目指しています。

B. 内因性(Endogenous)な挙動への着目 SDは、システムの構造や内部のポリシーが、成功や失敗といった動的挙動をどのように生み出しているのかというフィードバックループの視点に主に基づいています。組織が抱える困難は、ほとんどの場合、外部からの影響ではなく、組織自身が行う行動(内部ポリシー)の結果として生じるという考えに基づいています。

C. 高次な非線形システムの扱い 企業や国を率いるリーダーは、本質的に「高次の非線形微分方程式」を直感や推測、妥協によって解決するという、技術的に不可能な課題を課せられています。SDは、人、自然、テクノロジーの相互作用を含む高次の非線形システムを扱うために開拓された分野であり、この複雑さをコンピューターモデルを通じて扱うことができます。

2 構造化されたモデリングの基礎概念

A. フィードバック視点と循環プロセス 社会は、始まりも終わりもない循環的で継続的なプロセスとして捉えられます。問題に関する情報が行動につながり、その行動が結果(次の状態の情報)を生み出し、これにシステムが継続的に反応するという動的な環境です。SDは、このフィードバック制御システムが、私たちが組み込まれている世界のすべて、および私たちが関与するすべてのプロセスを含む、時間を経て変化するあらゆるものに不可欠であることを示唆しています。

B. レベル(統合/蓄積)の重要性 すべてのシステムは「システムの状態(レベル、統合、蓄積)」と「政策(レート方程式)」の二つの概念だけで構成されているという強力な単純化の考え方を提示します。社会科学においては、この「レベル方程式」を過小評価し、省略する傾向がありましたが、システムのレベルこそが動的挙動の発生源となります。レベルは、入ってくる流量と出ていく流量が異なることを可能にし、すべてのシステムの動的挙動が生成される場所です。

C. 心理的変数の組み込み SDは、人間のシステムをモデル化する際に心理的変数を含めることが非常に重要であると考えています。例えば、「目標浸食構造(eroding goal structure)」のように、困難に直面した際に、現実(現在の状況)に合わせて目標水準を下げてしまう心理的なプロセスが、社会システム全体で一般的であることをモデル化できます。

3 直感と分析の統合

A. メンタルモデルとコンピューターモデルの結合 SDの重要な目標は、メンタルモデル(私たちの行動や制度を支配している頭の中の仮定)とコンピューターモデルを組み合わせることです。私たちの行動のすべては、何らかのモデル(システムに関する仮定)を使用している結果ですが、私たちは頭の中で高次の非線形システムを操作することができません。SDは、私たちが日常的に使用している直感(メンタルモデルの強み)と厳密な分析(コンピューターモデルの強み)を統一する方法を提供します。

B. 情報源の活用 SDは、社会システムに関する膨大な情報が存在するメンタルデータベース(人々の経験や知識)に重点を置いています。社会科学では数値データに焦点が当てられがちですが、SDでは、現実世界が依拠している膨大な情報(口頭での説明、インタビュー、その場にいることによる知識など)を活用することに重きを置いています。

C. 構造理解による洞察 観察されたシステムの構造やポリシー(部品)をコンピューターシミュレーションモデルに入れると、しばしば人々が期待していたものとは異なる、実際の挙動が得られます。この不一致は、構造そのものが間違っているのではなく、人々がその構造が暗示する挙動を予測する能力に欠けていること(つまり、「xx次非線形微分方程式の解」を誤って期待していること)に起因します。SDによって、その構造に内在する挙動を理解し、見通せるようになります。

これらの特徴により、SDはビジネス、医学、経済学、環境変化、技術開発、人口、生活水準など、あらゆる分野に共通する基盤を提供し、テクノロジーとリベラルアーツ/人文学の「二つの文化」の間に橋渡しをする可能性も持っています。

将来の不確実性下で意思決定を行うためのシナリオ・プラニングの意義とは何か?


将来の不確実性下で、企業や個人が意思決定を行うためのシナリオ・プラニングは、以下のような多岐にわたる意義を持っています。

1. 将来の不確実性下での意思決定を支援する

シナリオ・プラニングは、不確実性のある未来のもとで計画を練るための方法論です。その根本的な考え方は、未来を正確に予測することは不可能であるという認識にあります。にもかかわらず、多くの企業が戦略を策定する際に事業環境の見通しを一つしか持たないのは非常に危険であるとされています。

シナリオ・プラニングの目的は、将来起こりうるいくつかの異なる未来への道筋を示し、それぞれの道筋において取るべき適切な対応を見出すことです。そして、その結果がどうなるかについて理解した上で、今この瞬間に決断を下すためのものと定義されています。これは単に「望ましい未来」を選択してそれが起こることを期待したり、最もありそうな未来を見つけてそれに適応したりするものではありません。重要な点は、「どのような未来においても適切であるような戦略的決定を下す」ことなのです。どのような未来が訪れようとも、シナリオを真剣に考えて準備をしておけば、どの状況下でも成功する可能性が格段に高まります。

2. 組織学習とマインドセットの進化を促す

シナリオ・プラニングは、企業や組織が直面する事業環境に関する考え方の枠組み、すなわちマインドセットを外に出して客観的に検討を加える機会を提供します。これにより、自分たちがいかに既存のマインドセットに拘束されていたかを認識し、それを進化させることが可能になります。組織に属する人々のマインドセットが進化することは、組織学習を促進し、事業環境に関する共通認識を生み出します。この学習する組織を築くことこそが、競争力の源泉である変化に対応するスピードを生み出すと本レポートは指摘しています。

シナリオは、個人や組織が持つ未来についての前提を明らかにし、自身の頭の中にある世界についての**「メンタルモデル」を問い直す強力な媒体となります。想像力や臨機の才を妨げている「目隠し」を取り去る**効果があるとも説明されています。

3. 戦略的対話と協調性を強化する

シナリオは、重要な決定や優先順位についての継続的な組織学習をもたらす「戦略的対話」を組み上げるための積み木として機能します。この対話は、予期せぬ出来事による不意打ちから組織を守る「頑丈さ」と「柔軟さ」を併せ持ちます。

成功する経営者は、自身の仕事を「決定を下す」ことではなく「相互の理解を形成する」ことだと考えており、シナリオ・プラニングはまさにこの相互理解を深めるための道具となります。戦略的対話は、公式と非公式の要素をうまく組み合わせることで、多様な視点からの議論を可能にし、企業の伝統的な知恵を補強するだけでなく、それを超えた新しいアイデアを生み出します。参加者が異なる未来や態度を「試着」し、その感触を試すことで、経営者たちは自分たちの古いメンタルモデルを見直し、修正できるようになります。

4. 意思決定の質を高め、自信を与える

シナリオ・プラニングのプロセスは、意思決定に影響を与える複雑な要素の集合体について、明晰に考えるための文脈を提供します。これにより、経営者たちは「もしもこれが起こったら(what if)」という物語を通じて未来をリハーサルし、それぞれの未来の世界における選択肢を試すことで、理解を深めることができます。

不確実性を否定してかかる人々は、変化に直面すると途方に暮れてしまう傾向がありますが、シナリオ・プラニングは「何が起きても準備はできている」という状態を可能にします。現実的で揺るぎない自信は、自分の選択肢が起こしうるあらゆる結果を考え抜くことによって得られるものであり、リスクと報償に関する十分な情報を得た上で行動する能力こそが、企業経営者や賢明な個人と、官僚やギャンブラーとの違いを生むとされています。

5. 幅広い状況と主体に適用可能

シナリオ・プラニングは、シェルのような国際的な大企業で発展した方法ですが、ガーデニング用品の輸入会社のような小規模な企業や個人でも活用できる汎用性があります。企業経営だけでなく、南アフリカ共和国が人種隔離政策撤廃後の国家運営を決定した際や、石油ショック、冷戦終結といった激動の時代にも活用されてきました。また、個人レベルでは、結婚、移住、新たな人間関係の構築、投資の判断、職探し、教育の選択といった人生の重要な決断にも応用することができます。困難な決断を下す際にシナリオを用いることで、見過ごしたり、考えもしなかったりするようなことを避け、より良い決断ができるとされています。

まとめ

将来の不確実性下での企業や個人の意思決定において、シナリオ・プラニングは単なる未来予測ではなく、多様な未来の可能性を深く考察し、それに基づいて行動の選択肢を広げ、意思決定の質と組織のレジリエンスを高めるための極めて重要な方法論であると言えます。それは、不確実な世界において自信を持って前進し、ビジネスチャンスを掴むための不可欠なツールとして、個人、企業、国家、そして世界のレベルでその意義と活用が求められています。

「エントロピーの法則」の視点


エネルギー政策の長期指針となる「エネルギー基本計画」の議論がこれから本格化しています。北海道が脱炭素時代のエネルギー拠点に脱皮しつつあることを、今朝の日経新聞(2024年5月7日「脱炭素が問う北海道の真価」Deep Insight)で紹介されました。

工業地帯の苫小牧にグリーン水素製造施設が2030年、発電所、製油所から出る二酸化炭素回収貯蔵施設、水素と窒素を合成してつくる燃料アンモニアの輸入基地(中東から)などが続々と建設されています。風力発電の適地の50%を持つ北海道では、今後、通常の演算処理に比べ、エネルギー消費が10倍を超えるAI向け電力需要を賄うためのデータセンターの建設の高い伸びが見込まれています。北海道から本州に向けて高圧直流の海底送電を結ぶ計画が動いています。こうした莫大な投資をせずとも、光通信ケーブルを増強するほうが、安くつくのではという興味深い議論も出ています。いずれにせよ、カーボンニュートラルを実現しつつ、地球規模で高まり続ける電力需要にどこまで対応するのかというのは大きな問題です。この対立項をどのように解消するかのヒントはどうもエントロピーの法則にありそうです。

ジェレミー・リフキン(ドイツ、EU、中国の政策アドバイザー)は、驚くことに、1980年代に現在の地球環境問題と生物多様性の問題を論じていました。エネルギー源は、木材→石炭(70年)→石油・天然ガス(70年)→水素(今後70年)と変わるたびに、社会経済システムが大きく変化してきました。こうした北海道で見られる動きが、今後、どのような経済社会システムの鋳型を作り出すのか、大変興味が湧くところです。

リフキンによると、熱力学第二法則(利用可能なエネルギーは利用されると利用不可能なエネルギー「エントロピー」に不可逆的代わるという物理法則)に従えば、収支バランスを超えた分が、借金のように蓄積し、人類を含む生物圏をいずれ危機に陥れるだろうと警鐘を鳴らしていました。近代の思想を支えたニュートン力学、モネ・デカルトの科学的方法論、ジョンロックの自由主義論、アダムスミスの国富論に共通するのは、「自然資本は神から人類に対して与えられたものであり、それは無限であり、人類がそこに秩序を与え、徹底的に効率よく活用する力と自由がある」ということです。日本も進歩を夢見て、明治時代に和魂洋才の名のもとで、こうした思想を取り入れました。そして現在を生きる私たちの思考(哲学、学問)に大きな影響を与えて、水槽にいる金魚にとっての水のように、その存在すら疑いません。今、エネルギー源が水素に代わろうとしているので、大きな社会経済システムの変化が起こると思われます。それは自然資本のレジリエンス(治癒・回復・共生力)を生みだす政策・規制、テクノロジー、ビジネスモデル、人びとの価値観(生きる意味)の変革によって作り出されると思います。

アクションラーニングをつうじた人的資本投資


最近、人的資本への投資の必要性がグローバルベースで叫ばれている。人的資本とは、個人が持っている知識やスキル、能力、資質などを経済的な付加価値を生み出すための資本である。きっかけは世界経済フォーラム(WEF)が2018年から3年連続で「リスキル(学び直し)革命」を取り上げ、「2030年までに世界で10億人をリスキルする」ことを目標に掲げたことである。ビジネスモデルを刷新するためには、人材にデジタル、ITの知識を学習させる必要があるという問題認識からスタートしている。仕事の変化に適応するための職種転換のためのリスキリングに対する支援は、国家、企業レベルで取り組むべきであるとしている。

こうした課題認識を受けて2018年には人的資本の開示についての国際標準ガイドラインISO30414が新設され、社外取締役、サステナビリティの課題への取り組みと並んで、人的資本に関する記載も盛り込まれた。これに呼応し、世界各国でリスキリングに向け本格的な取り組みが始まっている。独ボッシュ社は、世界の従業員40万人のリスキングに2026年度までに20億ユーロを投じる。これはCASEという自動車業界のイノベーションに対応した動きである。Amazon社は、2025年まで7億ドルを投じて10万人の再訓練を実施する。これからも進む人材不足に備え、採用コストと育成コストを天秤にかけたうえでリスキリングという人材育成のほうが合理的と考えていることが背景にある。

経済産業省の2021年の調査によれば、2010~2014年における人材投資(OJT以外)の国際比較でアメリカのGDP比2.08%に対して、日本は0.1%と20分の1である。また情報処理推進機構(IPA)の2021年調査では、リスキリングに米国企業の82.1%が取り組んでいるのに対して日本は33%と大差がある。こうした深刻な状況を踏まえ岸田首相は5年間で1兆円をかけリスキリングの支援をするとしており、2022年に「新しい資本主義実現会議」の骨太方針の重点分野の第一に「人への投資と分配」を掲げ、リスキルのための政策を明らかにした。同年5月 経済産業省の人的資本経営の実現に向けた検討会では、人材版伊藤レポート2.0の中で経営戦略と人材戦略の連携、リスキリングのための企業の取り組みについての提言が行われた。プライムに上場する大手企業であるJAL、ヤマトホールディング、三菱地所など大規模なリスキリングへの投資を発表している。

このようにリスキリングは大きな潮流になりつつあるが、この流れに乗って日本の企業は、人的投資の名のもと、DXに必要な知識やスキルなど学習テーマを決めて研修時間を増やしたり、自己啓発としての学習を支援したりすればよいのだろうか。筆者は、それはあまりに想像力のない施策ではないかと考えている。パーソル総合研究所の小林祐児氏が指摘するように、最も学ばない、変わらない日本の社会人にリスキリングの必要性を訴えても、糠に釘を打つようなものである。日本独自のメンバーシップ型雇用システムのもとでは、従業員が学習することに興味関心をもち、自発的に学ぼうとするインセンティブが働いていないという不都合な真実を無視してはならない。また、かつて日本の製造業の従業員が統計的品質管理やカイゼン手法を学び小集団活動をつうじて職場の問題に主体的に取り組んでいたことも忘れるべきではない。こうした小集団活動は、学ぶべき対象が仕事と直結し、かつチームで問題の解決を図ることを目的として行われた。しかし、小集団活動というチーム学習が業務プロセスの改善にとどまってしまったことである。今後、チームで取り組むべき問題は、ビジネスモデルのレベルでの改善や改革であり、学ぶべき新たな知識のほとんどは、自社の組織や業界の内部にはない知識である。まずは学習と仕事とは未分一体であるという前提に立ち、「自分たちに課せられた職務や仕事を改善または改革するために私たちは何を学ぶべきかを学ぶ」ことを出発点としなければならない。これは筆者の持論ではない。科学的な実証研究にもとづいていた提案である。

社会学者、心理学者、教育学者、組織学習理論を研究する経営学者が、明らかにしていることは、一言で言えば、「学習は仕事の中にある」ということである。仕事を離れて学習は存在しえないし、仕事の中での他者との相互交流なしに、学習は深まらない。したがって仕事に中に学びの機会を発見し、それを支援する仕組みや仕掛けをつくらない限り、リスキリングに無関心の従業員の学習を促進することはできない。欧米先進国で主流のジョブ型雇用システムが仮に望ましいとして、日本企業がそれを導入し定着するには最短でも20年はかかるだろう。なぜなら、外部労働市場を支える企業横断的な賃金相場、労働組合、職業資格、教育制度と職業プロフェッショナリズムといったキャリア観が社会的に共有される必要があるからである。日本企業が今、取り組むべき課題は、個人を対象としたリスキリングではなく、チームまたは組織を対象としたアクションラーニング(AL:Action Learning、以下ALという)という仕組みを取り入れることである。幸いにも、日本には野中郁次郎、竹内弘高など組織学習論の世界的な権威がALの理論的な枠組みを提供している。また日本の企業文化との親和性が高いことも後押しになるだろう。

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